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前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔 ウルトラマンゼロの使い魔 第二十四話「ラグドリアン湖のひみつ(後編)」 水棲怪人テペト星人 カッパ怪獣テペト カプセル怪獣ミクラス 大蛙怪獣トンダイル 登場 「か、怪獣よ! やっぱり出してきた!」 「ひぃッ! こっちに来るぅ!?」 テペト星人と戦いながら、怪獣テペトに目を向けたキュルケが叫び、ギーシュとモンモランシーは 半狂乱になった。テペトはラグドリアン湖の中央から、ザブザブ水を掻いて才人たちのいる岸辺へと 向かってくる。あれに上陸されたら、才人たちの勝ち目は一気になくなってしまう。 『才人! 俺たちの出番だぜ!』 「ああ!」 ゼロの呼びかけで、才人が懐のウルトラゼロアイに手を伸ばして触れた。だがその時、 「サイトぉ! わたし、怖いッ!」 「おわッ!?」 ルイズが後ろから才人に抱きつき、こっそり場を離れてゼロに変身しようとした彼を引き止めた。 「ル、ルイズ! 離すんだ! 今こんなことしてる場合じゃないだろ!」 このままでは変身できない。慌てて剥がそうとする才人だが、ルイズは余計に強く抱きつく。 「嫌ッ! サイト、どこにも行かないでぇ!」 「ああもうッ! こんな時までぇーッ!」 才人がてこずっている間にも、テペトは少しずつ迫り来ている。 『しょうがねぇ! 才人、こんな時にはアレだ!』 「ああ! 行け、ミクラス!」 仕方なく才人は青いカプセルを、周りに見られないようにこっそり投げ飛ばし、変身できない時の味方、 カプセル怪獣をテペトの前に出した。 「グアアアアアアアア!」 カプセルから出てきたミクラスがラグドリアン湖の水面に足を突っ込み、早速テペトへと 掴み掛かっていく。 「キャ――――――――!」 「グアアアアアアアア!」 テペトと両腕を捕らえたミクラスとの押し合いになるが、ミクラスの力の方が勝り、テペトを 突き飛ばして岸から引き離した。そして口から熱線を吐き、テペトの頭頂部の皿を撃つ。 「キャ――――――――!」 皿を焼かれたテペトは慌てて腰を折り、頭を湖面に突っ込んだ。水で皿を冷やすと頭を上げ、 改めてミクラスと向かい合う。 「グアアアアアアアア!」 ミクラスは水の抵抗を物ともせずにテペトに肉薄し、殴り合いで圧倒する。ミクラスの怪力に テペトは敵わず、一方的に押される。 「今の内に逃げられそうね……。ギーシュ、早く包囲を破ってよ!」 ミクラスが食い止めている中、生き残りのテペト星人にまだ囲まれている一行の内のモンモランシーが ギーシュに頼んだ。と、その時、彼女の頬を赤い舌がペロッと舐めた。 「あら? もう、ロビン。こんな時に甘えてこないでよ」 モンモランシーはそれをロビンと思い、たしなめたが、舌はペロペロ頬を舐め続けた。 「やめてったら! 聞き分けのない子ね」 と言っていたら、ギーシュが何やら顔を真っ青にしてこちらに視線をやっていることに気づいた。 「ギーシュ? 何ぼんやりしてるのよ」 尋ねると、ギーシュは震える手で自分を指差した。いや、よく見ると自分の足元を、だ。 「モ、モンモランシー……君の使い魔は、足元にいるよ……」 「え?」 下を見ると、確かに使い魔のカエルはモンモランシーの足元に控えていた。 「じゃあ、この舌は一体……」 自分の頬を舐めていた舌の正体を訝しむモンモランシー。よく考えれば、ロビンのものだとしても 大き過ぎだ。振り返って後ろを見てみたら……。 「カアアアアアアアア!」 赤い二つの目玉を人魂のように爛々と光らせている、カエルによく似た新たな巨大怪獣が、 地面から首だけ出して舌を伸ばしていた。モンモランシーの頬を舐めていたのは、その怪獣の舌だった。 「ぎゃああああああああああああああああああああッ!!」 モンモランシーとギーシュが絶叫を上げた。才人はすぐに端末で怪獣の情報を調べる。 「あいつは、大蛙怪獣トンダイル!」 その背後では、相変わらず才人にピッタリくっついているルイズが、モンモランシーと ギーシュを足したものよりも大きな悲鳴を上げた。 「嫌ああああああああああああ!! カエルうううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」 「うわぁッ!? お、おいルイズ!」 才人の身体からルイズの腕が離れたので、才人が慌てて振り返ると、彼女はコテンとその場に 倒れ込んで気絶した。小さなロビンも怖がるくらいだったので、超巨大なトンダイルを見て、 恐怖のあまり精神を保てなかったのだろう。 「ルイズ! ルイズったら!」 「駄目だぜ相棒。娘っ子、完全に気を失ってらあ」 才人が何度も呼びかけても、ルイズは目を覚まさない。デルフリンガーが呆れて言った。 「カアアアアアアアア!」 トンダイルは土の中から全身を出すと、才人たちには構わず湖の中に入る。そして口から 火炎を吐いて、テペトを追い詰めているミクラスを背後から攻撃した。 「グアアアアアアアア!」 背中を焼かれたミクラスが反り返ってよろめいた。その隙にテペトが持ち直し、反撃を行う。 「キャ――――――――!」 「カアアアアアアアア!」 トンダイルも同時に攻撃を仕掛ける。ミクラスは前後から挟み撃ちで叩きのめされ、一気に 窮地に追い込まれてしまった。 「トンダイルもテペト星人の配下なのか……!」 状況からして、テペト星人はトンダイルも支配下に置いているようだ。ミクラスのピンチに 焦る才人だが、不幸中の幸い、一番厄介だったルイズが離れた。これでゼロに変身できる。 「みんな! ルイズを安全な場所まで連れてく! 気をつけてくれ!」 「分かったわ!」 素早くルイズを背負って仲間たちに告げると、デルフリンガーを片手にテペト星人の集団へ 斬りかかっていった。 「おらおらぁー! どけどけぇッ!」 目の前の敵を斬り伏せて強引に包囲を突破すると、全速力で森の中に姿を隠した。そして湖から 離れたところでルイズを降ろしてそっと木に寄りかからせた。スヤスヤ眠っている姿に、ほっと息を吐く。 「デュワッ!」 満を持してウルトラゼロアイを取り出し、顔に装着して変身した。 「キャ――――――――!」 「カアアアアアアアア!」 テペトとトンダイルは、膝を突いたミクラスを容赦なく叩きのめし続けている。そこに、 森から飛び出したウルトラマンゼロが飛び蹴りの姿勢でラグドリアン湖へ急降下していく。 「ダァー!」 「カアアアアアアアア!」 鋭いゼロキックはトンダイルの頭部に決まり、トンダイルを横転させた。テペトはゼロの 乱入に驚いて、殴る手を止める。 「デヤァッ!」 「キャ――――――――!」 そのテペトの胸の中心にも横拳が入り、弧を描いて吹っ飛んでいく。敵怪獣を湖に沈めたゼロは、 ボロボロのミクラスを助け起こした。 『よく頑張ってくれたな、ミクラス。戻ってくれ』 ミクラスを気遣って、カプセルの中に戻した。それと同時に、トンダイルが水を掻き分けて起き上がる。 「カアアアアアアアア!」 トンダイルは口から、今度は赤い球体をいくつも吐き出してゼロへ飛ばす。これは本来 獲物を中に閉じ込め、冬眠中の保存食にするためのトンダイルカプセルだ。武器としても 使うことが出来るようだ。 『はッ! こんなヒョロ玉食らうかよぉ!』 しかしゼロはトンダイルカプセルを全て素手で叩き落とした。それからトンダイルに一瞬で飛び掛かり、 首元に水平チョップを入れる。 「カアアアアアアアア!」 『おらおらぁッ!』 早く鋭いチョップでひるませたところで、でっぷりと突き出た腹をボコボコに殴る。トンダイルは ゼロのラッシュになす術なく、大きくたじろいだ。 一見優勢なゼロだが、ここで違和感に気づいた。 『ん? テペトはどこ行きやがった?』 今湖面に立っている敵はトンダイルだけで、先ほど沈んだテペトが浮き上がってこない。 そう思った矢先に、 「キャ――――――――!」 『うおうッ!?』 水中を音もなく移動して近寄ってきていたテペトが、ゼロの足首をすくい上げて転倒させた。 仰向けに倒れたゼロに、すかさずテペトとトンダイルのタッグが覆い被さるように襲い来る。 「キャ――――――――!」 「カアアアアアアアア!」 『ぐッ! こ、こいつら! げぶッ!』 ゼロはテペトに腹部を、トンダイルに顔面を踏みつけられ、湖の中に押し込まれていく。 「ゼロが危ないわ!」 「危ないのはこっちも同じだよぉ!」 キュルケが叫ぶが、直後にテペト星人がまた一人飛び掛かってきたので、火炎で黒焦げにした。 メイジたちは依然としてテペト星人と交戦しており、ゼロを援護する余裕はない。 「キャ――――――――!」 「カアアアアアアアア!」 テペトとトンダイルはそれをいいことに、情け容赦なくゼロを水の中に沈める。テペトが ゼロの腹を散々に殴りつけ、トンダイルが顔を鷲掴みにして湖中にグイグイ押し込む。 すっかり水中に浸かったゼロだが、その瞬間に、彼の沈んだところから赤い輝きが巻き起こった。 『おらあああああッ! 調子づくんじゃねええぇぇぇぇぇぇぇッ!』 「キャ――――――――!?」 「カアアアアアアアア!」 直後に、怒声とともにストロングコロナゼロが超パワーで立ち上がり、その勢いでテペトと トンダイルをはね飛ばした。 即座に起き上がって二人がかり、いや二体がかりでゼロに襲い掛かるが、トンダイルは顎に 拳をもらい、テペトはみぞおちに肘鉄を入れられてあっさりと返り討ちにされた。 『ふんッ!』 更にゼロは二体の頭をむんずと掴むと、引き寄せてゴチン! と激しくぶつけさせた。 互いに頭を打った怪獣たちはフラフラと後ろへ倒れる。 「カアアアアアアアア!」 その内に、トンダイルが四つん這いの姿勢のまま逃亡を始めた。ゼロに敵わないと見ての行動だが、 トンダイルは根っからの人食い怪獣。みすみす逃がす訳にはいかない。 「セアッ!」 ゼロは通常の状態に戻ると、ほうほうの体で逃げるトンダイルの背にワイドゼロショットを撃ち込んだ。 必殺光線を食らったトンダイルは一瞬で爆散した。 トンダイルを倒したらテペトの番とばかりにゼロが振り返る。すると慌てたテペトが、 予想外の行動に出た。 「キャ――――――――!」 両手をこすり合わせて頭をペコペコ下げ、許しを乞い始めたのだ。 「怪獣が命乞いしてるわ……」 「呆れた……」 その光景を見たキュルケとタバサが、冷めた視線を送った。 「……」 ゼロは無言で腰に手を置き、テペトのことをじっと見つめる。テペトはすがりつくように、 黙ったままのゼロを拝み倒すが、 深く頭を下げた瞬間に、皿から怪光線を発射した! 『おっと!』 しかしそれは、ゼロが咄嗟にバツ印に組んだ腕にガードされた。それを見て、テペトは後ろに 倒れ込むと水中に潜り込み、泳いで逃げ出した。 『そんなしょっぱい騙し討ちに引っ掛かるかよぉ!』 言い放ったゼロは頭からゼロスラッガーを放り、水中に潜り込ませる。直後にザシュッ! と気持ちのいい音が鳴り、ふた振りのスラッガーが湖から飛び出してゼロの頭に戻った。 その後に、スラッガーに十字に切り裂かれたテペトの破片が四つ浮かび上がってきた。 「最後!」 ゼロが二体の怪獣を倒すのと、タバサが最後に残ったテペト星人にとどめを刺したのは ほぼ同時だった。地上に現れた敵が全て倒れると、ラグドリアン湖よりテペト星人の円盤が浮上し、 空へ向けて飛び上がる。このまま宇宙へ逃れようというつもりか。 「ジュワッ!」 しかしその円盤も、エメリウムスラッシュを受けて木端微塵に吹き飛んだ。敵を全滅させたと 判断したゼロは、空の彼方へと飛んで去っていった。 「みんなー。大丈夫だったか?」 元に戻った才人は、未だ眠り込んだままのルイズを背負い、岸辺へと帰ってきた。するとギーシュが咎める。 「遅いぞきみ! 敵はとっくにこのギーシュ・ド・グラモンが片づけてしまったよ」 「あんた、ほとんど何もしてなかったでしょ」 さっきまでの恐慌ぶりがどこへやら、見栄を張るギーシュにキュルケがツッコミを入れた。 そんな漫才のようなやり取りは置いておいて、モンモランシーが湖に目を向けて皆に呼びかける。 「みんな! 精霊の気配が戻ったわ!」 「本当か!? 良かった! これでルイズを元に戻せるな!」 それを聞いて、才人が一番喜んだ。 「水の精霊が戻ったのと、涙をもらえるかどうかは別の問題よ」 「細かいことはいいよ! とにかく、早く呼んでくれ」 才人に急かされて、モンモランシーがもう一度ロビンを湖中に送った。すると今度は、 水面が盛り上がって、水がアメーバのような形になった。これがモンモランシーの言う、 水の精霊らしい。 「水の精霊。わたしはモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。 水の使い手で、旧き盟約の一員の家系よ。覚えていたら、わたしたちにわかるやりかたと 言葉で返事をしてちょうだい」 モンモランシーが呼びかけると、盛り上がった水はぐねぐねと形を変え、モンモランシーそっくりの 姿になった。才人は驚いて目を丸くした。 「覚えている。単なる者よ。貴様に最後に会ってから、月が五十二回交差した」 水の精霊はモンモランシーに答えると、彼女が何か言う前に言葉を紡いだ。 「まずは、貴様たちが我を捕らえ、我を支配しようとした、この世界とは異なる外の世界から 現れた異な者どもを退けたことについて礼を言おう。我は湖の奥深くに身を隠しながら、全てを見ていた」 「水の精霊がお礼! そんなの、滅多にないことよ」 モンモランシーが驚愕してつぶやくが、才人は水の精霊の発言に関心を持った。 「それって、テペト星人のことか? やっぱり、あいつらがいたからあなたは隠れてたんだ。 テペト星人は、あなたを捕まえようとしてたんだな」 聞き返した才人に、水の精霊が肯定する。 「そうだ。あの異な者どもは、この世界の理とは異なる不可思議な力を用いて、我を支配しようとした。 当然我は抗ったが、奴らは水を阻む鋼鉄の船から出てこなかった故に、我は手出しが出来なかった。 そのため、我は身を隠す以外になかった」 「水の精霊は、水に関しては万能だけど、相手が水に触れなかったら無力なの。そこを突かれたのね」 モンモランシーが補足説明を入れた。 「テペト星人、そういう目的でここに潜んでたのか……。もし水の精霊が操られてたら、 大変なことになってただろうな」 「侵略者の魔の手って、精霊にまで及んでたのね……。今回は失敗だったけど、ぞっとするわね……」 才人とキュルケのひと言で、一同は背筋を寒くした。しかし今は才人たちに、最優先の目的があるのだ。 モンモランシーが頼み込む。 「水の精霊よ、お願いがあるの。あなたの一部がすぐに必要なの。わけてはもらえないかしら?」 その頼みを、水の精霊は快く引き受けた。 「よかろう。貴様らは我を脅かす者どもを退治した。その恩に報いるのが道理」 「やったわ! 精霊にお願いを通すのは、本当はとても難しいことなのよ。わたしたちは、 ある意味ラッキーだったわね」 水の精霊が細かく震えると、ぴっ、と水滴のように、その体の一部がはじけ、一行の元へととんできた。 それが『水の精霊の涙』だ。ギーシュが慌てて持ってきた壜で受け止めた。 水の精霊は用を済ませると、すぐに水底に戻っていきそうになった。だがそれをキュルケが呼び止める。 「ちょっと待った! アタシとタバサは、実はもう一つあなたに用があるのよね」 「え? そうだったんだ」 才人らが驚いた顔をしていると、水の精霊が戻ってきて、キュルケに問い返した。 「なんだ? 単なる者よ」 「あなたが湖の水かさを増やすのを止めて、この辺りの洪水を引いてもらいたいのよ。あー…… 水浸しになったせいで、タバサの領地に被害が出てるから、元に戻すようにとの使命も受けて アタシたちは来たのよ」 確かに、時期的に考えて、洪水とテペト星人の襲来は別問題。このままだと辺りの土地は元に戻らない。 だがキュルケの頼みは、水の精霊は断る。 「ならぬ。貴様らへの恩は、先ほどのもので返した」 だがキュルケは引き下がらない。切り込み方を変えてみる。 「だったら、水かさを増やす理由を教えてくれない? アタシたちに解決できることなら、 なんでもするから」 それを聞くと、水の精霊は少し間を取ってから、返答した。 「お前たちに、まかせてよいものか、我は悩む。しかし、お前たちは我への脅威を取り払った。 ならば信用して話してもよいことと思う」 前置きしてから、水の精霊は理由を語り出した。 「数えるほどもおろかしいほど月が交差する時の間、我が守りし秘宝を、お前たちの同胞が盗んだのだ」 「秘宝?」 「そうだ。我が暮らすもっとも濃き水の底から、その秘宝が盗まれたのは、月が三十ほど 交差する前の晩のこと」 おおよそ二年前ね、とモンモランシーが呟く。 「我は秘宝を取り返したいと願う。大地を水が浸食すれば、いずれ秘宝に届くだろう。 水がすべてを覆い尽くすその暁には、我が体が秘宝のありかを知るだろう」 「な、なんだそりゃ。気が長いやつだな」 途方もないほど時間の掛かるやり方に、才人が呆気にとられた。 「我とお前たちでは、時に対する概念が違う。我にとって全は個。個は全。時もまた然り。 今も未来も過去も、我に違いはない。いずれも我が存在する時間ゆえ」 水の精霊の目的を知ったキュルケがうなずく。 「分かったわ。だったらアタシたちでその秘宝を取り返してあげるわ。それでいいでしょ、タバサ?」 タバサもコクリとうなずいた。それからキュルケが肝心なことを聞く。 「なんていう秘宝なの?」 「『アンドバリ』の指輪。我が共に、時を過ごした指輪」 「なんか聞いたことがあるわ」 モンモランシーが呟く。 「『水』系統の伝説のマジックアイテム。たしか、偽りの生命を死者に与えるという……」 「そのとおり。死は我にはない概念ゆえ理解できぬが、死を免れぬお前たちにはなるほど 『命』を与える力は魅力と思えるのかもしれぬ。しかしながら、『アンドバリ』の指輪が もたらすものは偽りの命。旧き水の力に過ぎぬ。所詮益にはならぬ」 「そんなシロモノを、誰が盗ったんだ?」 「風の力を行使して、我の住処にやってきたのは数個体。内の一人が、こう呼ばれていた。 『クロムウェル』と」 「聞き間違いじゃなければ、アルビオンの新皇帝の名前ね」 キュルケのひと言で、才人たちは嫌な予感を覚えた。アルビオン新政府と、侵略者が与しているのは、 タルブでの一戦で明らかになったこと。もし『アンドバリ』の指輪をクロムウェルが盗んだのなら、 当然それは宇宙人たち、延いてはヤプール人の手元に……。 「偽りの命とやらを与えられたら、どうなっちまうんだ?」 「指輪を使った者に従うようになる。個々に意思があるというのは、不便なものだな」 「とんでもない指輪ね。死者を動かすなんて、趣味が悪いわね」 呟いたキュルケが、水の精霊に請け負う。 「分かったわ! その指輪を取り返してくるから、水かさを増やすのを止めて!」 水の精霊はふるふると震えた。 「わかった。お前たちを信用しよう。指輪が戻るのなら、水を増やす必要もない」 「いつまでに取り返してくればいいんだ?」 「お前たちの寿命がつきるまででかまわぬ」 「そんなに長くていいの?」 「かまわぬ。我にとっては、明日も未来もあまり変わらぬ」 そう言い残すと、水の精霊はごぼごぼと姿を消そうとした。 「待って」 その瞬間、タバサが呼び止めた。その場の全員が驚く。タバサが他人を……、いや人じゃないけど、 呼び止めるところなんて初めて見たからだ。 「水の精霊。あなたに一つ聞きたい」 「なんだ?」 「あなたはわたしたちの間で、『誓約』の精霊と呼ばれている。その理由が聞きたい」 「単なる者よ。我とお前たちでは存在の根底が違う。ゆえにお前たちの考えは我には深く理解できぬ。 しかし察するに、我の存在自体がそう呼ばれる理由と思う。我に決まったかたちはない。しかし、 我は変わらぬ。変わらぬ我の前ゆえ、お前たちは変わらぬ何かを祈りたくなるのだろう」 タバサは頷いた。それから、目をつむって手を合わせた。いったい、誰に何を約束しているのだろう。 才人たちにはとんと見当がつかなかったが、唯一事情を知るキュルケは、その肩に優しく手を置いた。 才人たち一行が水の精霊の涙を手に入れて、学院に帰還している頃。アルビオン大陸の、 新政府の中心地の城にある、皇帝クロムウェルの部屋の中で、クロムウェルと秘書のシェフィールドが 虚空を見上げていた。 するとその虚空が、突然音を立てて割れた。比喩の類ではない。本当に、ガラスを割ったかのように 空中が割れたのだ。そしてその中には、赤く歪んだ空間とその中で蠢く何人もの怪人の姿がある。 それがヤプール人。宇宙人連合をハルケギニア世界に引き入れ、今アルビオンを傀儡としている黒幕の正体だ。 『そうか。テペト星人が散ったか。これで連合も、大分数が減ったな』 ヤプールはテペト星人がラグドリアン湖でゼロに敗れたことの報告を受けた。だがそれを聞いても、 少しも憐れむ様子を見せず、それどころか呆れたように鼻を鳴らした。 『まぁ、どうでもいいことだ。所詮、あんなゴロツキどもにはあまり期待を寄せてなかった。 超獣を十分に育成するまでの繋ぎだ』 「それで、我が支配者よ。次はどのような手を打たれますか? このままウルティメイトフォースゼロに 大きな顔をさせておいては、人間どもが発するマイナスエネルギーが低下するものと思われますが」 クロムウェルが淡々と呟くヤプールに指示を仰いだ。 しかし、本物のクロムウェルはとっくに処分されている。成り代わったナックル星人も、 タルブ戦で息絶えた。だというのに、クロムウェルがまだいる。今度は一体何者が化けているのか。 『我らが支配者! 今度はわたくしめに出撃の命令を! 最早宇宙人連合など、アテにはなりませぬ』 クロムウェルの部屋に、緑色の目をした怪人がどこからか空間転移により現れた。両手は ハサミになっており、頭部には紅葉に似た大きなヒレが生えていて、その派手さにより目を引きつけられる。 この怪人の名はギロン人。どこの星の宇宙人かは定かにはなっていないが、雇われの宇宙人連合とは違い、 ヤプール人に直接仕えて忠誠を誓う異星人なのだ。 『私に超獣を何体かお貸し頂ければ、ウルティメイトフォースゼロなど、軽くひねってやりましょうとも!』 ゼロたちの強さを知ってか知らずか、やたら大きなことを述べるギロン人に、ヤプール人が返答する。 『ならぬ。超獣はまだ育ち切っていない。今のままではウルティメイトフォースゼロには勝てん。 超獣を出すのは、もっとマイナスエネルギーを集めてからだ』 『はッ! 出過ぎた真似を致しました!』 ギロン人はあっさりと申し出を取り下げた。ヤプール人に危ういほどに心酔しているようだ、 と傍観しているシェフィールドは評した。 『しかし、ギロン人、お前には出撃してもらうことにしよう。差し当たっては、こいつらを使うといい』 ヤプール人が片手を上げると、部屋の片隅の鉢植えが突然ガタガタと音を立てて揺れた。 シェフィールドらが目を向けると、その陰から正体不明の物体がいくつか這い出てきた。 「ほう、これらは……支配者よ、また面白いものをご用意されましたな」 シェフィールドは出てきたものが何か知らなかったが、クロムウェルとギロン人には心当たりが あったようだ。ニヤニヤと不気味な笑みを見せている。 『そしてもう一つ。ウルティメイトフォースゼロを釣り出すのに、餌が必要だ。その餌は、 こいつが適任だろう。入ってこい』 更にヤプール人の指示により、扉が外から開かれて金髪の凛々しい顔立ちの、だが顔に 生気が全く見られない、気味の悪い青年が入ってきた。 『まずはこいつを使って、トリステインの新女王、アンリエッタを釣り上げる。それで奴らは 必ず誘き出される。そこを一気に畳んでしまえ! ギロン人!』 『ははぁッ! お任せ下さい!』 背筋を正してヤプール人に応えるギロン人。 その背後に控えた、新しく入ってきた青年は、王党派と貴族派の最後の決戦の折に、 ワルドに殺害されたはずのウェールズ皇太子だった。 前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第77話 時を渡るゼロ 時空怪獣 エアロヴァイパー 超力怪獣 ゴルドラス 登場! 並行宇宙、我々のいるこの宇宙は一つではなく、様々な違いを持った別の世界が 無数に点在しており、それぞれの世界では同じ人物がまったく違う人生を歩んでいる こともあるという。 それをパラレルワールドといい、その存在を提唱するものを多次元宇宙論という。 たとえば、ウルトラ兄弟のいる地球のある世界をAとすれば、このハルケギニアの ある世界はBということができる。普段、それらの宇宙は互いに干渉することは ないものの、ごくまれになんらかの理由でこれらを行き来することができるように なることがある。 それらは故意、あるいは事故の場合もあるが、ルイズの使った召喚魔法、 チャリジャの時空移動とイザベラの召喚魔法が偶然に重なったとき、グランスフィアの 超重力圏内に呑まれたウルトラマンダイナの時空移動などがある。 だがそんななかでももっとも恐ろしいものは、時空を超えてやってくる侵略者の存在である。 その最たるものであるヤプールの異次元空間も、広義的に見れば並行宇宙の 一つとも言え、並行宇宙からの攻撃は容易に反撃できないために、悪質さは 数ある侵略方法の中でも群を抜く。 今も自らの空間で復活を遂げたヤプールは、ハルケギニアを拠点として力を ためていずれ地球への攻撃をかけるだろう。 ただし、ヤプールもウルトラマンたちも考えもしていないことだが、あまりにも 数多くありすぎる並行宇宙の中に潜む悪意は、本当にヤプールだけなのだろうか? そんな謎だらけの異世界の一つ、四次元空間、別名を時空界、時空間とも いうそれは、いまだ人類のとぼしい科学力では理解することのできない魔境。 そこへ不幸にも吸い込まれてしまった才人、ルイズたちの一行は、キュルケたちが 超力怪獣ゴルドラスを引き付けているあいだに、この四次元空間の中で、唯一 完全な形で現存していた空を舞う翼、ゼロ戦を蘇らせようとしていた。 「申し訳ありません。あなたのゼロ戦、お借りします」 コクピットによじ登った才人は、操縦席に突っ伏した形で事切れている旧日本海軍の パイロットの白骨に向けて、感謝と侘びを込めて手を合わせると、大きく深呼吸を して恐る恐る白骨に手をかけた。 が、飛行帽をはずして理科室でよく見かける石膏細工のような頭骨があらわになると、 さすがに心音が抑えきれる範囲を外れて、しかめた顔を背けたい欲求に襲われた。 「サイトー! はやくしなさいよ」 下からルイズが怒鳴ってくるが、死体に手をかけるというのは覚悟していたつもりでも やはり気が楽ではなかった。親戚のじいさんの納骨に参加したことはあるが、 あのときは火葬後でバラバラだったが、今回はもろに骸骨である。才人は単なる 普通科の学生であって、外科医志望でも生物学者を目指してもいなかった。 それでも、死体といっしょに飛ぶわけにはいかないので、心の中で念仏を 唱えながら、目をつぶって飛行服ごと遺体を翼の上に運び出した。 「すいません、あなたを連れてはいけないんです。お叱りは、いずれ あの世でお受けしますので」 死者への冒涜もはなはだしいが、自分たちも彼と同じところに行くわけには いかないので、心の中で謝りながら遺体を降ろそうとすると、飛行服の ポケットから黒皮の手帳がこぼれ落ちた。 「軍人手帳か……お預かりしていきます」 泥棒みたいだが、いつか地球に戻れるときが来たとしたら、遺族に 返す機会も巡ってくるかもしれない。本当は遺骨を持って行きたいところだが、 それは無理な以上仕方がない。 才人は可能な限り丁重に遺体を降ろしていったが、降りたところで 偶然にも頭骨がころりと回転して、うつろな空間になった目が ルイズを見つめた。 「ひっ!」 「なんだ、怖いのか?」 「ば、馬鹿言うんじゃないわよ! た、たかが死体、動くわけがないんだから」 「気にするなよ、普通は死体が苦手なのが当たり前だ」 普段気が強いだけにびびっているルイズというのは非常に貴重だ。 もちろん、遺体をだしにしてルイズをびびらせようなどと罰当たりなことは 考えていないが、ルイズも骸骨が怖い普通の女の子なのだと再認識 できて、才人はなんとなくうれしかった。 そして、才人は遺体を離れた場所にあった別の日本機の残骸のそばに 鎮座させると、気合を入れなおすように顔を両手ではたいて叫んだ。 「ようし、飛ばすぞ!」 彼が命と引き換えにしてまでも残したこのゼロ戦、無駄にするわけにはいかない。 「それでサイト、これどうやって飛ばすの?」 「ちょっと手間がかかるから、おれの言うとおりに手伝ってくれ。とりあえず、 これを使うんだ」 才人はそう言うと、ルイズにさっき作ってもらっておいた鉄製の金具を 手渡して、扱い方を説明すると翼の上によじ登っていった。 完全な形で残っていた操縦席に乗り込んで操縦桿を握ると、左手の ガンダールヴのルーンが輝き、ゼロ戦の操縦方法が頭に流れ込んでくる。 「さあて、それじゃいくか。ようしいいぞ、ルイズ言ったとおりにしてくれ!」 発進準備を整えた才人は、エンジンのそばで待っていたルイズに合図をし、 ルイズはわけがわからないままだったが、とりあえず言われたとおりに、 そのエナーシャ・ハンドルという器具を言われたところにはめ込んで、 力いっぱい回した。 「まったくもう、どこの世界に主人に力仕事させる使い魔がいるのよ、 普通逆でしょう、がっ!」 イライラを力に変えたルイズが、固いハンドルを小柄な体からは想像 できないような勢いで回していくと、やがてエンジンから大型バイクを 押しがけするような重厚な音が響いてきた。昔のレシプロ機のエンジンは、 ただコクピットからスイッチを入れただけでは始動できず、こうして外から 整備員などに手動で回してもらう必要があるので、最初にゼロ戦に触ったときに エナーシャ・ハンドルが必要だと知っていた才人は、わざわざミシェルに 頼んでいたのだ。 「ようし、いいぞ……」 次第に回転音が強く、さらに安定していき、それが最大限に達した ところで才人は主スイッチを入れて叫んだ。 「コンターク!」 それはコンタクトをなまらせた、接続を意味する単語で、昔のパイロットたちが 皆叫んでいたらしいその言葉に、ゼロ戦は喜ぶようにエンジンを猛烈な 爆音とともに蘇らせた。 「エンジン始動……すげえ、すげえぜ」 栄エンジンが息を吹き返す快い振動を感じ、目の前で高速回転を始める プロペラを見つめながら、才人は伝説をその身で存分に味わい、感動に全身を 震わせていた。むろん当然のことながら、現代のレベルでいえばゼロ戦は 当の昔に実戦では役立たない過去の遺物であり、速度、上昇高度など現代の 戦闘機の足元にも及ばない。 だが、たとえば現代の航空自衛隊の主力であるイーグルなどは知らなくても、 ゼロ戦の名を知らない男子はいない。おもちゃ屋でも、航空機のプラモデルで トップに並んでいるのはゼロ戦をはじめとするプロペラ機がほとんどだ。 ほかにも、一隻で一国を滅ぼす威力を持つ原子力空母や弾道ミサイルを 迎撃する性能を持ったイージス艦などよりも、実際にはたいした戦果を あげられないままに沈んだ戦艦大和が、いまなお圧倒的な人気を誇るのはなぜか? 答えは簡単だ。それらの兵器には現代兵器が強さと引き換えに失って しまった、戦う男の美しさ、その姿を見るだけで心を奪われてしまう、言葉では 言い表せないかっこよさ、戦争の論理うんぬんなどくそ食らえといった 最強のロマンが宿っているからだ! 「よっしゃあ、ルイズ乗れ! いくぞ!」 「だからあんた、さっきから誰に命令してるのよ! 主人はわたしであんたは 犬でしょうが!」 「犬か、上等だ! だったら征空八犬伝といこうか。発進するぞ」 テンション上がりまくりの才人は、犬扱いも全然気にしていない。 これがゼロ戦一機だけだったり、もしルイズとケンカしていたりなどして精神的に 落ち込んでいたりなどしていたら、まだ冷静さを保っていたかもしれないが、 懐かしい地球の香りをたっぷりと嗅いだ上に、全日本男子の憧れを実行 できるのだから燃えないほうがどうかしている。 ルイズを自分の前に座らせると、才人は風防を閉じて操縦桿を引いた。 昔の小柄な日本人の体格に合わせたゼロ戦のコクピットは、子供とはいえ 二人乗りには少々狭かったが、プロペラの回転がさらに上昇し、残骸の あいだに開けた道を滑走し始めると、緊張しながらスロットルをあげて、 一五〇メイルほど加速した後、ぐっと操縦桿を引き込んだ。 すると、重量を相殺するのに充分な揚力を得た翼は、空気に乗るように、 ゼロ戦を再び天空へと押し上げ、銀翼の戦士は新たな命を得て完全に 復活をとげた! 「飛んだ! 飛んだぜ!」 「すごい、こんな鉄の塊がこんな速さで、あんたの世界の技術って ほんとどうなってんのよ」 五メイル、一〇メイルとどんどん高度を上げていくゼロ戦から白亜の 世界を見下ろして、才人は喜びの、ルイズは驚愕の叫びをあげた。 が、のんきに喜んでばかりはいられない。霧の向こうから爆音をも 超えるゴルドラスの遠吠えが聞こえてくると、才人はいまごろみんなが 必死であの強力な怪獣の相手をしてくれているのを思い出した。 「ルイズ、しっかりつかまってろ!」 「えっ、きゃあああっ!?」 急旋回したゼロ戦の遠心力に押し付けられて、とっさに才人に抱きついた ルイズが顔を赤らめているうちにも、ゼロ戦は霧を突き抜けていき、数秒後に 巨大なタンカー船を持ち上げてシルフィードに投げつけようとしている ゴルドラスの前に出た。 「あんなでかい船まであったのかよ、この空間はいったいどうなってんだか」 「言ってる場合じゃないわ、助けないとみんなぺちゃんこよ」 「そうだな、じゃあいくぞ!」 ゼロ戦は旋回しながら加速すると、タンカー船を振り上げているゴルドラスの 右側面から接近していき、距離が三〇〇メートルになった時点で機首から 火線をほとばしらせた。主翼の二〇ミリ機銃は射程が短く弾道が低いので もう一つの武装である七・七ミリ機銃による攻撃だ。 軽快な音とともに放たれた数百発の弾丸は、ゴルドラスの目元に当たって はじき返されたが、やつの注意を引くには充分だった。 「サイト、来るわよって、わあああっ!?」 こっちに向かって投げられた十万トン級タンカーが迫ってくる光景は、 まるで空が降ってきたような圧迫感をともなってルイズに悲鳴をあげさせたが、 ガンダールヴのルーンのおかげでベテランパイロット並の技量を発揮 できるようになっていた才人は、掴み取ろうとした木の葉がひらりと 逃げるように回避すると、ゴルドラスの前をすり抜けて速度を落とし、陽動に 当たっていたシルフィードに並んだ。 「悪い! 遅くなった」 「ダーリン、そ、それ本当に飛ばせたんだ」 「……どういう理屈?」 「サイト、お前ってやつは、すごすぎるぞ」 三者三様で目を丸くしている顔がおかしくはあったが、彼女たちは ゼロ戦を飛ばすまでのあいだ、この怪獣の光線に耐えながら陽動 してくれていたはずなので笑うわけにはいかない。 また、同時に頼んでおいた誘導のほうだが、怪獣の進行方向にちょうど 目的のB-29の残骸が転がっている。傷ついたシルフィードで、 しかもこちらの攻撃が一切効かないこの怪獣を、それでも短時間で きちんと陽動してくれるとはさすが彼女たちだ。 「あの銀色のところへおびきよせろってことだったけど、これでいいのよね!?」 「ああ、上等だ!」 本当に、こんな危険な作戦を引き受けてくれるとは、才人は自分が強く 信頼されていることを感謝すべきであった。そして、向こうが信頼に 応えてくれた以上、今度はこちらの番である。 「それで、おびき寄せたはいいけど、この後はどうするの?」 「もう十分だ、あとはこっちにまかせて離れててくれ!」 「もういいって、あの怪獣をいったいどうするつもりなんだ!」 ゼロ戦の爆音に邪魔されながらなので、キュルケやミシェルと ほとんど怒鳴りあいながら話をしていたが、才人はすでに作戦ができていた。 不愉快なものだが、バリヤーでこちらの攻撃をことごとく無効化できる この怪獣にダメージを与えるには正攻法では無理なのだ。 だが、それまでを説明している時間はなく、撃ちかけられてきたゴルドラスの 雷撃光線を、シルフィードは左に、ゼロ戦は右にととっさに回避した。 もう、ああだこうだと言っている時間はない。才人は意を決すると 機首をゴルドラスへ向けた。 「すげえ怪獣だ、こんなのが地上に現れたらどれほどの被害がでるか」 超能力、怪力、そしてこの凶暴性、生息地が時空界だったことは 幸運というしかない。なので、間違っても自分たちについてアルビオンまで 来てもらってはかなわないので、ここでおいとま願わなければならない。 「ルイズ、ちょっと操縦桿頼む」 「えっ、ちょ、どうすればいいのよ!」 「まっすぐ立てて動かさなきゃいいよ」 簡単に頼むと、才人は風防から身を乗り出し、ガッツブラスターを 取り出して構えた。残弾は少なく、チャンスはただ一回、しかもそれは ガンダールヴのルーンがあるとはいえ神業に等しい。けれど、才人は 自分を信じて全身の力を抜き、ゴルドラスの足元になったB-29の残骸へ めがけてトリガーを引き絞った。 青いレーザーがB-29の銀色の胴体に吸い込まれていき、直後 目を開けていられないほどの火炎が吹き上がってゴルドラスを 包み込んだ。B-29に積み込まれていた六発の一トン爆弾の 一つの信管をレーザーが射抜き、総計六〇〇〇キログラムの火薬と 積載されていた燃料を瞬時に誘爆させたのだった。 ゼロ戦もその爆風のあおりを受けて大きく揺らぎ、才人はルイズの 手の上から手を添えて、機体を失速寸前から立て直した。 これではとてもバリヤーを張る間も無く、ゴルドラスはその姿を 完全に火炎の中に消し去った。 「あ、あわわわ……」 操縦桿を握ったまま腰を抜かしているルイズから操縦を引き継ぐと、 才人はゼロ戦を同じように愕然と見守っていた皆の乗るシルフィードの 隣に並ばせた。 「や、やったわね。すごかったわよ」 「いや、あれで仕留めきれたかどうか……ともかく今のうちにここから 離れようぜ」 小さな町を廃墟にするくらいの弾薬量だったが、相手は怪獣である、 通常兵器で簡単に倒せれば苦労はしない。むろんミサイルやレーザーで 倒せることもあるが、全体のごく一部であって大半はウルトラマンの 光線でも簡単には倒せない頑強さを持っている。 ともかく、爆炎に包まれて向こうもこちらを見失っているであろう今が チャンスだ、ダメージ量を確認できないのは残念だが、怒った怪獣に 追いかけられるよりはましだ。 才人はゼロ戦をシルフィードでも追いついてこれるくらいに速度を調整すると、 並走してゴルドラスに背を向けて離脱していった。 そしてそのすぐ後に、霧を貫いてゴルドラスの怒りの遠吠えが 響いてくると、一行は一様に胸をなでおろして、あの爆発に耐える ような怪獣と戦わずにすんだことを神と始祖に感謝した。 ちなみにこの後、自らに傷をつけたハエ二匹を見失ってしまったゴルドラスは 巣を荒らされたことに怒り狂い、時空界を操る能力をフルに利用して、 メビウスたちのいる地球やハルケギニアとは違った世界に時空界を 拡大させて、巨大な巣を作ろうと画策するのだが、今の時点で才人たち には関係のないことであった。 が、ゴルドラスのテリトリーから離脱して出口を探す才人たちにはさらなる 脅威が襲い掛かってきていた。 「ドラゴン!? いや、また別の怪獣だとお!」 高度を上げて出口を探そうと思ったとたん、雲海から引き裂くような鳴き声 とともに、巨大なワイバーン型の怪獣、あのエアロヴァイパーがこちらにも現れたのだ。 「巨大セイウチ、金色の竜に続いて今度は巨大飛竜なんて、まるで怪獣動物園ね」 「のんきなこと言ってる場合じゃないぞ、あんなのに当てられたらひとたまりもないぜ」 ゼロ戦をひねらせてかわしながら、才人はここが自分の知っているよりはるかに 危険な場所だと焦り始めていた。とにかくまずい、あの怪獣に比べたら シルフィードでさえ荒鷲と小雀だ。アルビオンへの出口を見つけるどころか 速攻でエサ決定だ。 才人は本能的にゼロ戦をシルフィードとは逆の方向に旋回させた。固まっていては いい的の上に、お互いが回避の邪魔になる。それに、シルフィードにとっては 不愉快この上ないだろうが、ゼロ戦に比較してシルフィードは遅すぎる。 そして二手に分かれたこちらに対して、エアロヴァイパーは迷うことなく ゼロ戦をターゲットに選んで攻撃を仕掛けてきた。 「ちぇっ、こっちがハズレかよ!」 シルフィードのほうに向かってくれと考えていたわけではないが、どうも 自分には不幸を呼び寄せる黒い羽の女神がついているように才人は思えた。 とはいえ、女神や妖精には程遠く、飛行機にとっては天敵のグレムリンのように 凶暴だが、なんでか嫌いになれない美少女をひざの上に乗せた贅沢な状態で、 エアロヴァイパーVSゼロ戦の前代未聞の空戦が開始された。 「ぶっ飛ばすぞ、舌噛むな!」 至近距離まで引き付けたエアロヴァイパーを、才人はギリギリで機体を ひねりこませて回避した。 大きさ、速度、火力のすべてで上回るエアロヴァイパーに対して、ゼロ戦が 優位に立てる要素はただひとつ、空中格闘戦、いわゆるドッグファイトでは 世界最強といわれたその身軽な旋回性能しかなかった。 「見たか、図体だけのうすのろめ、ん? ルイズどうした」 「も、もっろ、おとなひく、操縦、しなさいよね」 がどうも、ルイズのほうは急旋回に体がついていけていないようだった。 自分の胸に顔をうずめて目を回している姿は可愛くもあるが、このまま 吐かれでもしたらちとかなわない。 それなのに、何度かわしてもエアロヴァイパーはまるでそれが目的で あるかのように、シルフィードを無視してゼロ戦にばかり攻撃を仕掛けてくる。 「くそ、これもヤプールの策略なのか……?」 まるで自分たちを狙い撃ちにしてくるようなトラブルと怪獣の襲撃には、 その背後に悪意が存在しているのではないかと自然と疑いを持たざるを 得なかった。だが、同時にわずかな違和感も感じていた。それは、自分たち すなわちウルトラマンAを標的にするとしたら間違いなくヤプールしか 考えられないが、ヤプールが才人とルイズの二人がエースだと気づいた 節はいまのところない。 それならば、ヤプール配下の別の宇宙人が独自にということも考えられるが、 これほどの怪獣たちが生息する空間を操れるとはいったい何者が…… 「サイト、来る来る、くるってば!」 しかしそんなことを悠長に考えている暇はなく、襲ってくるエアロヴァイパーを 避けるほうが先決だった。 「やろ、これでも食らえ!」 すれ違いざまに、今度はゼロ戦の主要兵器である二〇ミリ機関砲を撃ち込んだが、 やはり怪獣の皮膚にはまるで通用していなかった。 それを見て、タバサやキュルケも援護射撃をしてくれようとしているようだが、 魔法の射程はせいぜい一〇〇メートル近所のうえに、弾速も銃弾より遅いために とてもでないがエアロヴァイパーを狙うことすらできていなかった。 だがしかし、彼らはエアロヴァイパーがただの飛行怪獣だと思っていたが、実は こいつには恐ろしい能力が備わっていた。再びゼロ戦に突進してきた奴の角が 赤く発光したかと思った瞬間、才人とルイズを乗せたゼロ戦はエアロヴァイパーごと 空間に溶け込むようにして消えてしまったのだ。 「えっ、消えた!?」 「サイト、ミス・ヴァリエール、どこだー!」 「……しまった」 後に残された一行は、二人の乗ったゼロ戦を探し続けたが、ゼロ戦も エアロヴァイパーももう姿を現すことはなく、不気味に静まり返る時空間の中を 虚しく飛び続け、やがて目の前に現れた黒い穴のような雲から脱出に成功した。 まるで、お前たちにはもう用はないと誰かの意思が働いたかのように。 けれど当然ながら、才人とルイズはまだ無事で生きていた。 「くそっ、いったいここはどこなんだ!?」 いきなり怪獣の作り出した不思議な空間に包まれてしまった二人の乗った ゼロ戦は、これまでの白い霧に包まれた時空間から一転して、うっそうとした 針葉樹林の生い茂る、地平線まで続くジャングルの真上を飛んでいたのだ。 「サイト、今度はいったいなにがどうなったのよ!?」 「おれが聞きたいよ! ああもう、行けども行けどもジャングルと岩山ばかり、 これじゃあまるで……」 だが才人は最後まで言おうとした言葉を飲み込んで前を見つめた。 はるかかなたから何か鳥のようなものが飛んでくる。最初はあの怪獣かと 思ったが、一回り小さく、さらに数十匹の群れをなしている。 「あれは……おいおいおい」 近づいてくるにつれ、それが鳥などではなく巨大な皮膜でできた翼を 持った恐竜映画などでおなじみの、代表的な翼竜であることがわかった。 「プテラノドンだ!」 仰天した才人は慌てて群れの進路上にいたゼロ戦を急旋回させた。 プテラノドンの全長は七メートルにも達し、ぶっつけられたらゼロ戦でも あえなく墜落してしまう。 が、プテラノドンの群れは見慣れないゼロ戦の姿をエサ、あるいは 敵だと思ったのか、まとめてゼロ戦を追撃してきたのだ。 「じょ、冗談じゃねえ、おれたちはエサじゃねえぞ」 「ちょっとサイト、あのでかい鳥なによ? プテラノドンってなに!?」 慌てる才人にルイズは怒鳴りつけるが、ルイズの言うとおりにプテラノドン なんかが平然と飛んでいるとは、さすがにハルケギニアでもありえないだろう。 ということはまさか…… 「ルイズ、どうやらおれたち恐竜時代にタイムスリップしちまったみたいだ!」 「って、わかんないわよ! キョウリュウってなに? タイムスリップってなに!?」 「要するに、大昔に来ちまったってことだ!」 「大昔ってどれくらい!?」 「だいたい六五〇〇万年くらい前だ!」 「ろ、六五〇〇万年!?」 考古学などまだ存在しないハルケギニアのルイズには、その巨大な 年数は到底理解不能なものであったが、低空からあらためて地上を 見下ろせば、草原では二足歩行の黒い肉食恐竜と背中に無数の鋭いとげを 生やした四足歩行の恐竜が戦っており、湿地帯ではさすがにゼロ戦の 加速にはついてこれずに置いていかれたプテラノドンの群れが着水して、 牛みたいに巨大なトンボのヤゴをついばんでいる。 これは信じたくはないが、本当に白亜紀かジュラ期の恐竜時代に 迷い込んでしまったみたいだ。二人は対処能力が自分たちの限界を 超えてしまったと感じて、精神内のウルトラマンAに助けを求めた。 〔どうやら、あの怪獣には時空を超える能力があったみたいだな。 私にも一度経験があるが、この時代で我々を恐竜の餌食にでも しようとしているのだろうか〕 「ど、どうしよう。恐竜時代なんて、これならハルケギニアのほうが百倍ましだ」 「こらサイト! ハルケギニアのほうがましってなによ、のほうがって!」 パニックになっている二人はただでさえ狭いコックピットの中で ぎゃあぎゃあと暴れるが、恐竜はそのまま現代に出現するだけでも 怪獣扱いされることもあるくらいに巨大な存在である。地上に下りて 生きていける確率は一パーセントもない。 だが、一度タイム超獣ダイダラホーシによって奈良時代に行った ことのあるエースは比較的安心していた。 〔心配するな、あの怪獣が通った時空間の歪みを探せば追いかける ことができる。私が案内するから、それに従って操縦してくれ〕 「わ、わかった」 才人はともかくエースの誘導に従ってゼロ戦を操縦した。右、右、少し上昇と、 何もないように見える方向へ向かって機首をめぐらせていくと、やがて 白亜紀の空が唐突に消えて、またあの時空間の雲海が見えてきた。 「や、やったあ……」 ほっとした才人は思わず計器盤に突っ伏そうとしてルイズを押し倒す 格好になってしまい、顔を赤らめたルイズにしたたかに顔をはられた。 だが、これこそウルトラ兄弟一の超能力使いで、技のエースの異名をとる ウルトラマンAの真骨頂『時空飛行能力』の一端、エースは時間軸をも 飛び越えることができる! エアロヴァイパーもさすがにここまでは 読めなかったのだ。 ただし、自由に時空を飛ぶためには時空を歪ませている元凶である 怪獣を倒さなければならず、まずは奴を追う必要があった。 〔二人とも油断するな、どうやらあいつは追撃をくらますためにいくつかの 時空を通過したようだ、なにが出てきてもおかしくないから気を引き締めろ〕 「あっ、はい!」 もみじを貼り付けた顔を引き締めて、才人は操縦桿を握りなおした。 次に来るのは古生代か原始時代か、雲海が開けたときにまた アルビオンとは違う太古の空が広がった。 それから後のことは、恐竜時代が主であったが、行く度に死ぬような 目にあった。 ある世界では恐竜を食っていた金色の三つ首の龍と極彩色の巨大蛾の 戦いに巻き込まれかけ。 またある世界では巨大なイモ虫と、どこかの宇宙人が送り込んできたのか、 腕が鎌になって腹部に回転カッターがついたサイボーグ怪獣が戦っていて、 あやうくそいつのバイザー状になった目から放たれた光線に撃ち落され そうになった。 次は大和時代あたりだったので安心かと思えばヤマタノオロチみたい なのが出てくるし、まったく安心できずにどこでも逃げるのに必死だった。 極めつけは、いつの時代かさっぱりわからないが、燃え盛る巨大な 石造建築の都市の中で、ウルトラマンに似た無数の巨人ととてつもない 数の怪獣たち、そして黒い巨人たちによる最終戦争を思わせる戦いの ただ中に放り出されたときである。これはもうタイムスリップというより 完全に別の世界だろと怒鳴りたくなったが、かろうじて出口にたどりつく ことができた。ちなみにこのとき、エースは黒い巨人たちの中に、 どこかで見たような姿を見たような気がしたが、どうしても思い出す ことができなかった。 そしてやっと時空間に逃げ込むと、才人とルイズはまったくいったい 古代ってのはどうなってたんだ、つくづく昔は恐ろしかったんだなあと、 現代に生まれたことを神に感謝するのであった。 〔どうやら次が最後のようだ、そこで決着をつける気だろう〕 「もう……最後にしてほしいです」 「死ぬわ……」 二人とも、行く世界行く世界で悲鳴を上げまくって完璧に憔悴しきっていた。 精神世界からナビゲートするだけのエースが多少恨めしいが、文句を言う 気力も残っていない。 けれども次で最後ならばそこで怪獣を倒せば元の世界に戻れる。 だが、そこで彼らに『次の世界までは襲われないだろう』という油断が 生まれたのは否定できないだろう。気を抜いた一瞬の隙を突いて、 正面からエアロヴァイパーが戻って攻めてきたのだ! 「なにぃっ!?」 とっさに回避したが、油断していたせいで反応がほんのわずかだけ遅れて、 直撃は避けられたが機体が衝撃波を受けて大きく揺さぶられた。 「やろ、こざかしい手を使いやがって!」 直下型地震を受けたように振動する機体の上で毒づいたものの、衝撃波の ダメージはエンジンに及んだらしく、それまで好調に動いていたエンジンが 急に咳き込み始めた。とたんに、急に舵の利きが悪くなり、速度がガタ落ちに なっていく。エアロヴァイパーは後方から反転してくるというのに、これでは もう避けきれない。 しかし、もう変身する以外に手は残されていないと二人が覚悟しかけた瞬間、 ゼロ戦の上を突如現れた三つの影が高速ですれ違っていった。 「なんだ!? あのジェット機は」 振り返った二人の目に映ったのは、見慣れない形の一機の青いジェット戦闘機と、 その左右を固めて飛ぶ二機の赤い戦闘機の姿で、彼らは二人の乗ったゼロ戦には 気づいていないように通り過ぎていくと、その先で待ち構えていたエアロヴァイパーへ 向けてレーザーで攻撃を始めていった。 「味方なのか……? くそっ、エンジンが!」 何者なのか見届けたかったが、咳き込んでどんどん回転数が落ちていく エンジンは機体の自重を支えきれずに墜落を始めた。いくつかのスイッチを 試してみるが、生き返る様子は残念ながらない。こうなったら、せめて どんなところでもいいから地面のあるところに降りてやると、才人は残りの ゼロ戦の浮力を使い切って最後の世界に飛び込んだ。 「今度はいったいどんな世界のどこの時代だ!?」 次元の壁を潜り抜けて出た先には、一面の青空と赤茶けた岩と砂が 延々と続く砂漠が待っていた。またもやアルビオンではなかったが、 とりあえず恐竜や怪獣がお出迎えしてくるような世界ではなさそうだった。 しかし、酷使したエンジンはそこで大きく咳き込んだ後で、事切れるように 完全にプロペラを停止させてしまった。 「あ……」 推進力を失った機体はもはやグライダーでしかなく、いくら安定性に 優れたゼロ戦とはいえ半分墜落に等しい状態で、急速に降下し始めた。 「きゃぁぁぁっ! 落ちる、落ちる、落ちてるぅぅ!」 「黙ってろ! 舌噛むぞ!」 眼下は岩石砂漠、当たったらゼロ戦なんかひとたまりもない。けれど 才人はなんとかゼロ戦を操って、岩と岩の間のわずかな滑走できる スペースに機体を滑り込ませることに成功した。 「不時着成功、ルイズ、生きてるか?」 「あんたといると、心臓がいくつあっても足りないわ」 「まあそう言うな、お前にもらったガンダールヴのおかげで命拾いしたんだし」 才人はほっと息をつくと風防を開いた。ゼロ戦は完全に停止し、エンジンは かかるかどうか、試してみなければわからないが、しばらくは休ませたほうが いいだろう。 「こりゃ直るかなあ……ん、ルイズどうした?」 「サイト、あの建物、なにかしら?」 「え?」 ルイズに指差された方向を見て、才人は思わず息を呑んだ。 そこには、黒焦げになった巨大な金属製の建造物が、薄い煙を上げながら 横たわっていたのである。 一方そのころ、別の空間でもガンフェニックスが再び現れたエアロヴァイパー との戦闘に突入していたが、時空間内を自在に飛び回る奴の機動力に苦戦を強いられていた。 「今度こそ当ててやる!」 一斉発射されたガンフェニックスのビーム攻撃をエアロヴァイパーは下降回避して、 反撃の火炎弾を放ってきた。当然、ガンフェニックスもこれぐらいは回避するが、 一筋縄で勝てる相手ではなさそうだった。 「ちっ! やるな。テッペイ、あの怪獣の分析はすんだのか?」 「アーカイブドキュメントに該当なし、新種の怪獣です。気をつけてください」 エアロヴァイパーはこれまで執拗に攻撃していた101便から、まるで彼らが やってくるのを待っていたかのように、今度はガンフェニックスに対して 狙いを変えて仕掛けてきた。そのすばやい動きにはさしものガンフェニックスと いえどもてこずる。 「よし、こうなったら分離して三方から攻撃だ!」 業を煮やしたリュウがガンフェニックスの分離を決断したとき、エアロヴァイパーの 角が光り、その異常を検知したテッペイが叫んだ。 「リュウさん、時空間が歪曲を始めました。奴は、僕らをどこか別な時空に 送り込むつもりです!」 「なんだと!? くそっ、止めてやる」 「無理です、もう間に合いません。衝撃に備えて!」 その瞬間、ガンフェニックスはエアロヴァイパーによって別の時空間へと 転移させられ、気がつくとどこか見知らぬ荒野の上にいた。 「ここは、どこだ?」 機位を取り戻したリュウはとりあえず周りを見渡した。あの怪獣の姿は いつの間にか消えている。けれどGPSにも反応はないし、フェニックスネストとも 連絡がとれないところを見ると、元の世界に戻ってきたというわけではなさそうだった。 「テッペイ、どうなっているんだ?」 「もしかしたら、あの時空間はただの異次元ではなく、別の時空同士をつないで 行き来することを可能とする、ワームホールに近い性質も持っていたのかもしれません」 「つまり、ここは奴の巣?」 「わかりません。大気組成は地球と同じですが、それよりもなぜ101便を 無視して僕らだけを引き込んだのか……獲物としては、ガンフェニックスとは 比べ物にならないはずなのに」 「そういえば、ジョージさんたちは大丈夫でしょうか?」 「それは大丈夫だと思うよ、出口までの進路は確保したから、まっすぐ 飛び続ければいずれ脱出はできるはずだ」 あの二人の技量ならば、脱出にさして苦労はしないはずだが、 それよりも今度はこっちが脱出に苦労しそうになってきた。 さらにそれもあるが、ミライはかつてボガールをはじめて見たときのように、 あの怪獣の背後にざわめくような悪意を感じていた。もしも、あれが 破壊本能に従って動くだけの怪獣ではなく、何者かの意思を受けた 生物兵器だったとしたら。 「ミライ、なにぼおっとしてるんだ?」 「あ、いえ……ちょっと気になったことがあったもので」 「ウルトラマンの直感ってやつか? お前の言うことはよく当たるからな」 リュウにそう言われてミライは少し照れたが、内心は決して愉快なものではなかった。 この、決して表には出ずに裏で人知れずに糸を引くやり口を、まだ誰にも言った ことはないのだが、ミライにはよく似たものに覚えがあった。 それは今思い出しても夢だったのではと思うのだが、以前奇妙な反応を 探知して横浜へ調査に行ったときに、ミライは世にも不思議な経験をしたのだ。 ”七人の勇者を目覚めさせて、共に侵略者を倒して” そのときの超時空を超えた想像を絶する事件の顛末と、究極の光と闇の 壮絶なる一大決戦は到底筆舌に尽くせるものではないが、この恐るべき 事件の元凶となった存在は、並行宇宙を越えて存在して、複数のパラレル ワールドから強力な怪獣軍団をそろえて攻めてきた。 最終的に時空を超えて結集した七人の勇者の力を合わせることによって 勝利できたが、闇の権化は最後に言い残した。 ”我らは消えはせぬ、我らは何度でも強い怪獣を呼び寄せる。人の心を絶望で 包み、全ての並行世界からウルトラマンを消し去ってやる” まさか、あのとき奴は完全に消滅したはず……それとも、そんなことを するような奴がまだいるとでも? 不安は不安を呼び、さしものミライも 表情を暗くしかけたが、レーダーのアラームとテッペイの言葉が彼を 現実に引き戻した。 「前方に金属反応、人造構造物のようです」 「わかった。降下してみよう」 やがて高度を下げたガンフェニックスの見下ろす先に、完全に破壊された 超巨大な要塞のような建物が見えてきたが、その傍らにはそれにも増して リュウたちを驚かせるものが横たわっていた。 「おい見ろ! あれはさっきの怪獣じゃないか?」 なんと、さっきまで戦っていたはずのエアロヴァイパーが、五体バラバラの 無残な死骸となって砂の上に散乱していたのだ。 「ほんとだ……コンピューターのデータと特徴が完全に一致、同一個体に 間違いありません。生命反応はなし、完全に死んでいます」 「どういうことでしょうか? 僕たちと別れたあとに、何者かに倒された のでしょうか?」 「いや、僕たちがこちらに来てから五分程度しか経ってないはずなのに、 あれはどう見ても死後一時間近くは経ってる」 「なんだって!?」 本職が医者のテッペイが診たてたのだから間違いはないだろう。 五分前に別れた怪獣が、死後一時間経った死骸で見つかる。 この矛盾はいったいなんなのだろうか? 目の前の、破壊された建物と 何か関係があるのだろうか。 「ようし、着陸して調査するぞ。ミライ、テッペイ、いいか?」 「G・I・G!!」 こういうときは、とにかく行動するに限る。リュウはガンフェニックスを 用心のために岩山の影の目立たないところに着陸させると、勢いよく風防を開いた。 この宇宙は、絶対的な単一者の手によって動かされているわけではない それが善であろうと悪であろうと、宇宙が宇宙として存在しはじめたときから、 そこを支配する概念は個ではなく多であった。 それは当然、ウルトラ一族やヤプールをはじめとする数ある強豪宇宙人たちも 例外ではなく、この宇宙におけるハルケギニアという小宇宙にしても、大小多くの 国家が乱立していることからも明らかだ。 そんな中で、世界はアルビオン王国の滅亡か再建か、ヤプールの作戦が 成功するか失敗するか、当事者たち以外の故意、無意識も含めて、遠慮なく 歴史書の一ページに濃いインクで落書きをしようとしていた。 王党派とレコン・キスタをまとめて消し去ろうとしているクロムウェルに率いられた レコン・キスタの空中艦隊は、まるで進路を譲るように晴れていく黒雲のあいだを ぬって進撃していく。 アンリエッタは全軍を率いて、一刻も早くウェールズの元に駆けつけようと ユニコーンに拍車を入れる。 ガリア、ゲルマニアも、今後の流れ次第では即座に軍を動かせるようにと 情勢を観察することに余念がなく、その一方で地理的にもっとも遠く離れた 宗教国家ロマリアは、不干渉を決め込んでいるのか不気味なまでに沈黙していた。 また、国家というマクロの次元のほかのミクロの人々の中でも、魔法学院では 何も知らないオスマンが生徒のいない学院を寂しがり、トリスタニアでは今日も エレオノールがアカデミーで研究に没頭し、魅惑の妖精亭では夜に備えて準備する ジェシカやスカロンたちが忙しく働いて、ガラクタを集めて屋根裏で連日爆発を 繰り返す三人組に怒鳴り声を上げている。 ガリアでは退屈をもてあましたイザベラが、暇つぶしにタバサを呼びつけて 無理難題を吹っかけようかと思ったところで、伝書用ガーゴイルを切らして いましてと言い訳するカステルモールを、なら遊びに行くから用意しな! と 無理に『フェイス・チェンジ』をかけさせて城下のカジノへ出かけていった。 ラグドリアン湖は今日も静かな水をたたえ、噴火が収まった火竜山脈には 火竜や動物たちが帰ってきた。 クルデンホルフ大公国ではベアトリスが新しくできた、同じく来年学院に 入学予定のメイジの少女三人の取り巻きに囲まれて高笑いし、遠く離れた エギンハイム村では人間と翼人の様々な声がにぎやかに響き渡る。 互いの存在を知らないまま、どんな場所でも時間は一瞬も止まることなく 進み続けている。 だがそんな中で、もし一切の目的を持たずにただ破滅だけを望む存在がいて、 その邪魔となる最大の障害を排除しようとしていたとしたら? 表舞台には 上がらずに、影から糸を引くそんな存在がいたとしたら? ハルケギニアの誰一人として知ることもなく、全世界の未来の命運を 懸けた運命のときが、舞台裏で始まろうとしていた。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第三話 見よ! 双月夜の大変身 土塊怪獣アングロス 登場! ルイズ達が学院に戻ってきて4日が過ぎた。 このころになると、さすがにヤプールやウルトラマンAの話題も下火になりだし、人々は元の生活を取り戻しつつあった。 その日、昼食を終えたルイズは才人をともなって教室への廊下を歩いていた。 もっとも、この日は少々不本意な同行者もいたが。 「だからさぁ、なんと防衛軍じゃこのあたしを一個小隊の戦闘隊長にしてくれるんだってさ!! ゲルマニア出身のあたしをだよ? やっぱベロクロンのやつに一発食らわせてやったのがよかったのかなあ、それとも、そこまでしなきゃなんないほど人材が枯渇してるってことかしらね」 まずは赤髪がまぶしい『微熱』のキュルケ。 「……前者が2割、後者が8割」 もうひとりは正反対にブルーのショートヘアが涼しげな『雪風』のタバサ。 ふたりとも、平たく言えば腐れ縁の仲だ。 ルイズはあまり付き合いたくはないのだが、目的地が同じなのでしぶしぶ話を聞き流しながら歩いていた。 ちなみに才人は「しゃべるな!!」と命令されているために、話したくてうずうずしているのを我慢している。破ったらグドン張りの残酷鞭ラッシュの刑。 と、そのとき曲がり角でばったりシエスタと出くわして、途中まで道筋がいっしょということで5人で談話しながら歩くことになった。 キュルケとタバサでは話に乗れないルイズも、シエスタが相手なら多少は話ができる。というかシエスタが才人に話しかけるのを絶対阻止したいようだ。 「ところで皆さん、『土くれ』のフーケの話、ご存知ですか?」 「フーケ? まあ名前だけはね。貴族を専門に盗む凄腕のメイジらしいとか、けどまだ正体は知られていないんでしょう」 シエスタが突然振った話にルイズ達4人は怪訝な顔をした。街ではけっこう騒がれているらしいが、彼女達にとってはこれまで他人事だったからだ。 「ええ、ですが最近そのフーケが変わってしまったらしいんです」 「変わった?」 「はい、何でもこれまでは盗みを働いても貴族や家の者には無用な危害は加えなかったらしいんですが、この間入られた2件のお屋敷では秘宝を盗まれただけではなく、 家の者全員、主人からメイド、赤ん坊にいたるまで皆殺しにされていたそうです」 その話を聞いて、ルイズ達は惨状を想像して思わず口を押さえた。 「……突然の豹変……フーケの名を語った模倣犯の可能性もある……」 唯一タバサだけが冷静に客観的に見た推理を言ったが。 「いえ、現場に残されていたフーケの書置きはこれまでのフーケのものとまったく同じだそうです。それに宝物庫を破った錬金の手口も同じです。 こんなことができるのはふたりといませんよ」 「確かにね、そりゃフーケ本人が突然変わったとしか考えられないか。けど、盗むだけならともかく皆殺しとなると屋敷の人間全部相手にしたってことでしょ。 フーケはトライアングルクラスらしいとは聞いてるけど強すぎない?」 キュルケもトライアングルクラスのメイジだけに、トライアングルクラスがどの程度の強さというのは知っている。たとえ自分がやってみても返り討ちが落ちだろう。 だが、シエスタの口から返って来たのは彼女達の想像をはるかに超えるほど凄絶なものだった。 「はい、確かに強さはもはやスクウェアクラスと言っても過言ではないようです。ですが、これは私も申し上げにくいのですが、襲われた家の人たちは、全員皮も肉も無くなって白骨、つまり骨だけにされていたそうです」 「ほ、骨だけぇ!?」 「はい、まるで何かに食い尽くされたかのように……そのあまりに残虐な惨状に、今では平民達もフーケを恐れています。ミス・ヴァリエールも高名な家柄ですし、私心配で……」 「……あなた」 シエスタがわざわざフーケのことを教えてくれたのはそのためだったのだ。 ルイズは、私の家にはたとえスクウェアクラスが乗り込んできても大丈夫な備えがある、余計な心配だとシエスタに言った。 高慢な物言いだが、そこにはプライドの高いルイズなりの謝意と、シエスタを安心させようという優しさが隠されていた。 「そうですか、そうですね、いくらフーケが無謀でもヴァリエール家に手を出そうとは思わないですよね。出すぎたことを言いました。では、私はここで失礼いたします」 シエスタは頭を一回下げると立ち去っていった。ルイズは顔だけ不愉快そうに見送っていたが、不安は彼女の心にも一抹の影となって残っていた。 と、そのとき。 「貴方達、もうすぐ授業が始まるわよ。急ぎなさい」 「はい!! あ、ミス・ロングビル」 そこにいたのは学院長オスマンの秘書のミス・ロングビルだった。 緑色の髪に眼鏡が知的な印象を与える人で、仕事振りもよく学院内での評判も高い。 学院に来たのはベロクロンが現れる少し前だったそうだが、ベロクロンの学院襲撃の後も職を辞さずに続けていて、今ではルイズ達にもすっかりなじみの顔になっている。 「どうもすいません、急ぎます」 「よろしい。けど廊下は走らないようにね」 「はい……あれ、ミス・ロングビル、その虫かご、蛍ですか?」 ルイズはロングビルが片手に小さな虫かごを持っているのに気がついた。中には一匹の黒い虫、季節外れの蛍だった。 「ああ、これ? 知人にもらって部屋で飼ってるのよ。飼ってみるとなかなか可愛くてね。よくエサを食べてすくすく成長するの」 ロングビルは蛍を見てうれしそうに笑っていた。 「おっと、それどころじゃないでしょ。遅刻するわよ」 「あっ、はーい!!」 ルイズ達は回れ右をすると駆け足で教室へ向かっていった。 「なあ、ルイズ」 「なに、しゃべるなって言ったでしょ」 教室で席についたルイズに才人は小声で語りかけた。まだ教師は来ておらず、周りの生徒も私語に夢中で誰も聞いてはいない。 才人は周りを確認すると、ルイズの命令を無視してささやきかけた。 「さっきのシエスタの話、どう思う?」 「どうって、フーケのこと? たかが盗賊ひとりがなんだっていうの」 ルイズは才人の仕置き用の鞭に手をかけたが、気づかない才人はさらに続けた。 「おかしいと思わないか?」 「おかしい?」 「盗賊が突然強盗に豹変するっていうのはそう珍しい話じゃない。けど、手口が異常すぎる。死体を白骨にするなんて普通の人間には不可能だろ」 「……まあ、そりゃ確かにね。けど、それがなんだって言うの? はっきり言いなさいよ」 「ヤプールが絡んでるんじゃないか、そう思うんだ」 才人の言葉を聞いてルイズは「はぁ?」とでも言うような顔をした。 「何言ってるのよ。あんなでっかい超獣を操れる奴が、なんでたかが盗賊ひとり使ってちまちま強盗働きしなきゃならないの。普通に街で暴れさせればいい話じゃない」 「俺も確証はねえよ。ただ、昔ヤプールが暗躍してたころは、超獣が現れる前に人間技じゃ不可能な奇怪な事件がよく起こっていたらしいんだ。 それに、超獣には人間を食べてエネルギーを蓄える奴が何匹もいたそうだから、もしもと思ってな」 才人の脳裏には、昔怪獣図鑑で見たサボテンダーやアリブンタといった超獣の姿が浮かんでいた。 超獣に限らずとも、ケロニア、サドラ、コスモリキッド、サタンモア、タブラなど人間を主食とする怪獣は数多い。嫌な話だが怪獣から見て人間は適当な栄養源に見えるようだ。 「じゃあ、一連の事件はヤプールが超獣を育てるために人間を襲わせてたって言うの。けど、なんでわざわざフーケを使って?」 「ヤプールは人間の心の暗い部分につけこむことが得意なんだ。フーケみたいな盗賊が狙われたとしても不思議じゃない」 「それじゃあ、近いうちにまた超獣が現れるかもしれないってこと? でも、その前に叩くとしてもフーケは神出鬼没の怪盗よ、捕らえられっこないわ」 「フーケは貴族のところから秘宝を盗むところは変わっていない。ここらでフーケが狙いそうな貴重な魔法道具を持っているようなところはないか?」 才人の問いにルイズはやれやれと、指で下を指しながら答えた。 「……ここ、魔法学院ね。自慢じゃないけど、ここの宝物庫には並の貴族なんか及びも付かないほどの貴重品が眠ってるわ。 けどね、宝物庫にはスクウェアクラスのメイジが固定化の魔法をかけて保護してるし、教師から生徒までそれこそピンからキリまでメイジがいるわ。 いくらフーケでも、そんなオーク鬼の巣に飛び込むような無謀な真似をするかしら?」 ルイズは、そんなことは川が下から上へと流れるようなものだというふうに笑った。 だが、才人は納得していなかった。 「今までのフーケならそうかもしれない。だが、もしフーケがヤプールに操られてるとしたら、奴には超獣がついてるかもしれない。そして、ヤプールの目的が超獣を育てることだとしたら学院は絶好の餌場かもしれない」 ルイズは、学院が超獣の餌場という言葉に背筋にぞっとするものを覚えたが、教師が教室に入ってきたことで頭を授業の方に切り替えることにした。 「私は考えすぎだと思うけどね。とにかく確証が無い以上深入りはやめときなさい……ああ、それと」 「なんだ?」 「しゃべるなって命令、破ったわね。あんた夕飯抜き」 ルイズは抗議しようとする才人の目の前に鞭をちらつかせて黙らせると、教師の話に耳を傾けはじめた。 しかし、悪い予感というものの的中率は往々にしてよく当たり、多くの場合予感よりさらに悪くなるものであるらしかった。 その晩、眠っていたルイズは大気を揺り動かすような衝撃で目を覚まし、窓の外に宝物庫の塔を攻撃する巨大な土のゴーレムを見た。 全長およそ30メイル、さすがに超獣には劣るがそれでも生身の人間からは圧倒的な威圧感があった。 「サイト、行くわよ!!」 「お前、あんなのに向かっていく気か? それよりも先生たちに連絡したほうが……って、おい、聞いちゃいねえな」 ルイズはすばやく着替えると部屋を飛び出した。才人もデルフリンガーを背負って後を追う。 そのとき、隣の部屋のドアが開いて、まばゆい赤毛とサラマンダーが飛び出してきた。 「あらぁ、ルイズ、あんたも行く気なの? ゼロのあんたじゃあれの相手は無理よ。あたしらに任せて下がってなさい」 「ツェルプストー、言うに事欠いてわたしに下がってなさいですって? 貴族が盗賊風情に逃げ隠れするなんて恥辱を超えて死んだようなもの、あれはわたしが倒すからあんたこそ下がってなさい」 「ふーん、そう言われちゃあこっちも下がるわけにはいかなくなったわね。じゃあ、競争といきましょうか」 「臨むところよ!!」 売り言葉に買い言葉、キュルケの挑発はルイズは簡単に乗ってしまった。 「じゃあ、お先にね」 キュルケはそう言うと、突然窓から飛び降りた。 フライで先回りする気か、と思ったのもつかの間、下にはいつの間にかタバサとシルフィードが来ていてキュルケを乗せて飛んでいってしまった。 「すげーチームワーク、以心伝心ってのはあーいうのを言うんだろうな」 「うぬぬ、キュルケだけじゃなくタバサまで、抜け駆けは許さないわよぉ」 怒ってみても飛べないルイズは階段を駆け下りるしかない。ルイズはせめてキュルケにだけは捕まるなとフーケに本末転倒なエールを送っていた。 さて、シルフィードで一足先にゴーレムの元へとたどり着いたキュルケとタバサは、ゴーレムの肩にたたずむ黒衣の人影を見つけていた。 「あれがフーケで間違い無いわね。顔は見えないけど、さてどうしてやろうかしら」 キュルケは杖を取り出して攻撃魔法の準備にかかっている。 タバサもいつでも戦闘態勢に入れるが、相手は全長30メイルのゴーレム、まぐれでも一発喰らったら即あの世行きだけに下手な手は打てない。 「宝物庫を破壊してお宝を頂戴する腹みたいね。今のところ固定化が効いてるみたいだけど、いつまで持つか」 「……時間が無い。ゴーレムの真上に出るから、おもいっきり撃ちおろして……」 「なるほど、真上には攻撃もしずらいからね。さすが冴えてる。んじゃ善は急げといきますか!」 タバサの案に納得したキュルケはすぐに魔法の詠唱を始めた。 シルフィードはゴーレムの真上、腕を振り上げても届かない高度に遷移する。 「『ファイヤーボール!!』」 火炎弾が90度の角度でまっ逆さまにフーケに向かって落下する。 「燃えちまえ!!」 フーケは避けるそぶりさえ見せない。 だが、フーケは命中直前片手を振り上げ、そこから小さな光が現れたかと思うと火炎弾は何かに衝突したかのように散り散りになってしまった。 防御魔法? それとも魔法道具か? だがそんなものを使うそぶりは見せなかったはずだ。 キュルケとタバサは一瞬我を忘れて、シルフィードに退避の命令を出すのが遅れてしまった。 「岩よ……」 フーケがつぶやくとゴーレムの体から無数の岩石の弾丸が発射された。 「きゅいーーっ!!」 ふいを突かれたシルフィードは避けることができずに、もろに岩石弾を食らって撃ち落されてしまった。 「く、やられた……けど、まだよ!!」 「……大丈夫、傷は浅い」 シルフィードの影で直撃を免れたふたりはシルフィードをかばいつつ戦闘態勢をとる。 だが、そのときふたりの目の前に小さな光の点が現れて、緑色の光を発したかと思うと、突然ふたりの体が動かなくなってしまった。 「な、これ、なんなの? 体が動かない……」 「……今まで襲われた貴族たちは、みんなこれにやられたのね……」 杖を振るうことができなければ魔法で防御することもできない、ふたりは自分達が罠にはまってしまったことを悟った。 フーケのゴーレムが宝物庫への攻撃を一時中断して巨大な腕を振り上げる。 そこには明確な殺意があった。 「く、ちくしょう、動け、動けよあたしの体!!」 「……不覚……」 ゴーレムの拳が近づいてくる。 死ぬ前は時間の流れが遅くなるというが、いやに土くれの拳が近づいてくるのが遅く見えた。 「キュルケ!! タバサ!!」 ようやく寮から飛び出してきたルイズと才人は、今まさに潰されようとしているふたりの姿を見た。 体中の血が熱くなる、あの拳を絶対に振り下ろさせてはいけない。 そのとき、ふたりの意思に呼応するかのように、ウルトラリングが光を放った。 「ルイズ!!」 「サイト!!」 強い思いが叫びとなり、強い叫びが光を呼ぶ!! 「「ウルトラ・ターッチ!!」」 合体変身、ウルトラマンA登場!! 「テェーイ!!」 強烈なエースの体当たりが炸裂!! 4万5千tの質量にフーケのゴーレムは学院の外壁まで吹き飛んだ。 「デュワッ!!」 立ち上がったエースはゴーレムへ向けて構えをとる。 「ウルトラマンA!! 来てくれたんだ!!」 「……わたしたちを、助けてくれた……」 キュルケとタバサは死地から脱した開放感から、思い切り抱き合って喜んだ。どうやらフーケが吹き飛ばされたことで金縛りも解けたらしい。 エースはふたりに向かって「逃げろ」と言うようにふたりを一瞥して後ろを指し示した。 「わ、わかったわ。タバサ、シルフィードは?」 「翼をやられた……飛ぶのは無理だけど、走るのはなんとかなる。レビテーションで手伝って」 「お安いごよう。痛むだろうけどもう少し頑張ってね……エース!! 頼んだわよ!!」 ふたりはシルフィードを支えながら、後ろでかまえるエースにエールを送った。 (ツェルプストーに頼むわよって言われてもね。まあ、わたしが言われたわけじゃないんだしいいか) (キュルケにタバサ、間に合ってよかった。フーケめ、許さないぞ!!) (落ち着け、まだ奴は倒したわけじゃない。なにか不気味なものを感じる。気をつけろ) エースの心の中で3人にしか聞こえない会話がささやかれる。 やがて、粉塵の中からゴーレムがフーケを乗せてゆっくりと立ち上がってきた。 フーケはウルトラマンAを目の前にしながら、ゴーレムの肩で身じろぎもしない。 (こいつ……やはり) そのとき、フーケが杖を頭上から一直線に振り下ろした。 すると、フーケのゴーレムが音を立てて形を変え始めた。 人型だったものが四足歩行になり、さらに周辺の土くれを吸収して巨大化していく。 (これは、まさか!?) 才人の脳裏に、以前ウルトラマンメビウスと戦った、ある怪獣の姿が浮かび、眼前の土くれはまさにそのとおりの姿へと変貌していった。 モグラのような姿と鋭いドリルを持った鼻、鋭い角に赤く凶悪な目つき。 土塊怪獣アングロス。 (やっぱり、フーケにはヤプールがからんでいたんだ!!) この世界の人間がアングロスの存在を知るわけが無い。 そしてアングロスは本来サイコキノ星人が超能力で土くれから生み出した怪獣、理屈ではフーケのゴーレムと同じものだ、ヤプールがそれを再現させたとしてもおかしくはない。 (気をつけろエース、そいつはメビウスもやられそうになったほど強力な怪獣だ!!) (わかった! 行くぞ!) アングロスは叫び声を上げ、ドリル鼻を振りかざして猪のように突進してきた。 エースは飛び掛ってくるアングロスを受け止めて、地面に叩きつける。 「イヤーッ!!」 土くれでできたアングロスの角が折れ、背中が歪む。 だがアングロスが起き上がると、壊れた体のパーツが体から生えてきてあっという間に元通りになってしまった。 「ヘヤッ?」 (無駄だ、アングロスは泥人形といっしょだ、いくら攻撃しても効果はない。フーケを捕まえて術を解かせなければだめだ!!) アングロスとの戦闘経験の無いエースに才人がアドバイスを飛ばす。 (フーケは……あっ、あそこよ!!) エースの目で周りを見渡したルイズが外壁の一角を指した。フーケはそこに悠々とたたずんで戦いを見守っている。 (エース、捕まえるんだ!!) (よし!!) エースはフーケを捕らえようと手を伸ばす。だがその間に当然のようにアングロスが立ちはだかった。 ドリル鼻を振りかざして突進してくるアングロスをエースはなんとか組み伏せようとする。しかしアングロスの力は強く、エースのほうが振り飛ばされそうになってしまう。 なんとか距離をとったエースは、このままではフーケを捕らえられないと思った。 (だめだ、どうにか一時的にでも怪獣の動きを封じなくてはフーケに近寄ることはできない) エースは光線技を使ってアングロスを吹き飛ばそうと考えたが。 (だめよ!! あなたの力で、もしはずしたら学院が吹き飛んじゃうわ) ルイズの言うとおり、メタリウム光線どころかパンチレーザー程度の技でも学院を木っ端微塵にするには有り余るほどのパワーがある。 しかし、エースの得意技は光線技だけではない。 (ならば、これだ!!) エースは右手を高く掲げ、念を集中させる。 無から有を生み出すウルトラ念力の力を見よ。 『エースブレード!!』 エースの手の中に念力で生み出された長刀が握られる。 「テヤァァッ!!」 横一線、エースブレードを振りかざし、アングロスへ突進をかけていくエース。 アングロスもドリル鼻を振りかざして向かってくるが、エースよりは格段に遅い。 このままいけばアングロスは胴体を真っ二つにされ、身動きを封じられるはずであった。 だが、エースブレードを斬りつけようとした瞬間、エースの体に奇妙な感覚が沸き起こった。 (なんだ、これは!? 体が急に軽く、いや軽すぎる!! 勢いが、止まらない!?) 突如体が羽のようになってしまったかのような感覚に、エースの太刀筋が狂ってしまった。 エースブレードはアングロスの左前足を切り捨てるにとどまり、バランスを崩されたアングロスは宝物庫に直撃、 宝物庫は固定化のおかげで倒壊を免れたが、鋭いドリル鼻の貫通を許してしまった。 (しまった!?) エースはなんとか体勢を立て直す。 不思議な感覚はエースブレードが無くなった瞬間に消えていたが、アングロスは鼻を引き抜くと切られた足を再生し、再びエースに向かってきた。 『フラッシュハンド!!』 エースの両手がスパークする高エネルギーに包まれる。 威力を増したエースの攻撃はアングロスの体を打ち砕いていく。 だが、そのときエースも、ルイズと才人も完全にフーケのことを忘却してしまった。 突然アングロスの体がはじけ、粉塵が周囲に立ち込める。 (しまった、何も見えない!?) 視界がまったく利かない、いくらエースでもこれでは戦いようがなかったが。 『透視光線!!』 エースの眼から放たれた光が砂煙の闇を吹き払う。 しかし、すでにアングロスは陰も形も無く、フーケの姿もどこにも見えない。 (逃げられたか……) エースはかまえを解いて周りを見渡した。 (ああっ!!) (どうしたルイズ!?) 驚くルイズの目の先にあったもの、それは宝物庫の壁に刻まれた『破壊の光、確かに徴収いたしました。土くれのフーケ』という書置きであった。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第19話 はるかな時代へ 剛力怪獣 シルバゴン 友好巨鳥 リドリアス 登場! 聖マルコー号の突然の爆発は、眼下で勝利の喜びに湧いていた信徒たちに大きな衝撃を与えていた。 「なっ、なんだ! 聖マルコー号が、聖マルコー号がぁ」 「教皇陛下のお召し艦が。そ、そうだ教皇陛下は、教皇陛下はご無事なのか!」 天使の奇跡の余韻も吹き飛ぶ衝撃に、ロマリアの将兵たちは一時完全なパニックに襲われた。 教皇、ヴィットーリオ・セレヴァレ陛下。ブリミル教徒にとっての象徴であり、いまや神の祝福をその身に受けた偉大なる聖人である。 迷える子羊を優しく教え導き、ゆくべき道筋を明るく照らし出してくださるその存在は信徒たちにとって太陽にも等しい。その敬愛すべき お方のおわす船が砕け散ったことは、親兄弟を失ったも同然の衝撃であった。 右往左往する人々、絶望にうちひしがれる者、発狂したようにけたたましく笑い出す者もいた。 このままでは、あと数分と持たずにこの場の何万という人間たちは地獄絵図を作り出していただろう。しかし、彼らの狂気が限界を 越える前に、望んでいた救いの御言葉は舞い降りてきた。 「皆さん、我が敬虔なるブリミル教徒の皆さん。私の声が聞こえますか? 嘆くのをやめ、空を見上げてください。私は、ここにいます!」 「お、おおおおおぉぉぉぉ!!」 割れんばかりの歓声が天空に轟いた。 空に舞う一頭のドラゴン。ジュリオが操るその背に立ち、人々を見渡しているのは間違いなく誰もがその無事を祈っていた教皇陛下であった。 教皇陛下! 教皇陛下! おお教皇陛下! 狂喜乱舞の大合唱。しかし、この中にわずかだが教皇ではない人間を案ずる者たちがいたとしたら、その者たちは悪であろうか。 「教皇、生きていたのか……くそっ、サイトたちは、サイトたちは無事なのか」 教皇の姿を見て吐き捨てたのは、粉塵に体を汚した女騎士と少年たちだった。ミシェルにギーシュ、銃士隊と水精霊騎士隊。 ともに女王陛下の名において、神と始祖に忠誠を誓った誇りある騎士団であるが、今の彼らに教皇を敬愛の念で見る目はない。 疑念は確信に変わり、聖人の皮をかぶって世界を我が物にせんとする”敵”の正体を彼らだけが知っていた。 先ほど、聖マルコー号に向かって飛んでいく竜に才人とルイズが乗っていたのを彼らは目撃していた。きっと、あのふたりも 教皇の正体を知って、化けの皮をはぐために行ったのだろう。 船が爆発したとき、彼らは皆才人たちがやったのだと信じ、ふたりが戻ってくることを信じていた。なのに、姿を現したのは教皇…… 才人たちはどうしたんだ? 背筋を走る氷の刃……友を、仲間を、愛する人を思うが故のぬぐいきれない不安が彼らの胸中を支配していた。 「サイト、サイト……まさか、まさか」 「大丈夫ですって。あいつのことだからきっと無事ですよ。きっとぼくらの見えないところで脱出してるに決まってる」 ギーシュがつとめて明るくミシェルを励ました。いまでは、ミシェルが才人に特別な想いを抱いていることを知らない者はいない。 その理由について詮索する無粋をする者はいなくても、きっと才人の一本気で熱い心が彼女のなにかを響かせたのは容易に 想像がついた。 ルイズなどがいい例で、ここにいる誰もが多かれ少なかれ才人からは影響を受けている。ルイズもで、彼女の後ろを向くことを 許さない前向きさは、皆のひとつの羅針盤となっていた。今までも、そしてこれからも、だからあいつらがやられるはずなんてない。 けれど教皇は、そうして友の身を案ずる彼らの心を踏みにじるように、黒い笑顔を作り上げた。 そして彼は両手を広げて人々に静まるよう身振りで諭すと、魔法で増幅された声で穏やかに伝えたのである。 「ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。実は、私の船に神の意思をさえぎろうとする異端の徒が忍び込んでいたのです。 その者は私を黄泉の道連れにしようとしました。しかし、勇気ある者が幸運にも私の船にいたおかげで、私はこうして命を永らえる ことができたのです。ご安心ください、私は、生きています! ですがそのために、尊い犠牲が出てしまいました」 ヴットーリオがそう言うと、ジュリオは群集に見せ付けるようになにかを掲げた。最初はそれがなにかよくわからず、 ギーシュやミシェルたちもなんとなく焼け焦げた棒のようにしか見えなかったが、目を凝らしてそれの形を確かめると、 それが壊れた剣であることがわかり、さらにそれの特徴的なつばの形が見えてきたとき、悲鳴があがった。 「デルフリンガー!?」 視力の良い銃士隊員の絶叫が、全員を凍りつかせた。言われてみれば、それは刃の部分が真ん中から折れているが確かに 才人の愛刀であるデルフリンガーのそれであった。それが、見るも無残に破壊されている。全員の顔から血の気が引き、 無意識のうちに体が震えだす。 そんな、バカな……だが、教皇の高らかな演説はそんな彼らにとどめを刺すように続いた。 「残念ながら、聖マルコー号で生き残ったのは私とこの護衛ひとりだけです。とても悲しい、悲しいことです。皆さん、 信仰のために勇敢に命を散らせた勇者のために祈ってあげてください。ですが、我々がしなければならない弔いは、 なによりも彼らが守ろうとした信仰の道を全うすることなのです! 神の祝福を受けた私を守るために命を落とした、 はるかトリステインからやってきた勇敢な騎士サイト・ヒラガとその主人ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール嬢に惜しみない感謝と 尊敬の涙を! その意思を継いで私は全世界のブリミル教徒に平和と繁栄をもたらしましょう!」 歓呼のオーケストラが轟き響き、教皇の身振り手振りで指揮者に操られているかのように旋律を変えて大気を震わせる。 その中で流れる十人にも満たない人間の悲嘆の声など、何万の歓声に軽々と吹き消されてしまう。 教皇陛下、我らの希望。教皇陛下、彼らの救世主! 「ありがとうございます。あなたがたの深い信仰の叫びは、必ず神に届くことでしょう。ですが、我々にはまだ果たさねばならない 大きな使命があることを忘れてはなりません。さあ、戻りましょう我々の信仰の都へ、そして聖地を取り戻す神聖なる使命を 万人に伝え始めるのです」 教皇のこの言葉で、それまで雑然としていたロマリア軍は秩序を取り戻して動き出した。 隊列を整え、帰途に着く。いまや、心から熱烈な神の使途となった彼らは聖戦になんの恐れもなく、その意思をまだ知らない人々にも 伝えることに強い使命感を抱くようになっていた。 その様子を、ヴィットーリオは満足げに眺め、ジュリオも静かに笑みを返している。すでに、先の戦いで受けた傷は問題ではなくなっているようだ。 「これで、すべては計画どおりですね、陛下」 「ええ、世界を汚すウィルスは自ら食い合って滅ぶ。これがあるべき姿というもの……私は約束どおり、これからハルケギニアに 平和と繁栄をもたらします。ただし、人間という一点だけを排除した形で、ね」 たった今まで奇跡と希望に沸いていた人々が聞いたら戦慄するであろうことを愉快そうにしゃべりつつ、ヴィットーリオと ジュリオは冷たい目で人間たちを見下ろしていた。今日から盛大な破滅の序曲が始まる、その楽譜を書くのは自分たちなのだ、 憂鬱になろうはずもないではないか。 「やがて醜いものがなくなり、美しく生まれ変わるこの星の姿が楽しみです。おや? そういえばジュリオ、あなたいつまで そのゴミを大切に持っているのですか?」 「ん? ああそうですね。これはもう必要ありませんでした。まあせめて、最期くらいは仲間のところへ返してあげますか」 ジョリオはそう言うと、まだ持っていたデルフリンガーを、まるで空き缶を捨てるように無造作に投げ捨てた。 くるくると宙を舞い。真ん中からへし折れたぼろ刀と成り果てたデルフリンガーは、草地に落下して二・三回バウンドすると ぽとりと落ちて止まった。 「デルフ!」 捨てられたデルフリンガーへ銃士隊と水精霊騎士隊が駆けつける。ミシェルが拾い上げると、デルフは無残に刃がへし折られ、 さらに焼け焦げさせられた残骸も同然の姿で皆は戦慄し、これではもう、とあきらめかけた。 だが、もうどうしようもないくず鉄かと思われたデルフのつばがぎちぎちとわずかに動き、あのおどけた声が小さく流れてきた。 「よ、よう、お前ら……ぶ、無事だったかよ」 「デルフ! お前、生きてたのか」 「へ、へへ、武器に生きてるも死んでるもありゃしねえよ。だ、だけど今度ばかりはきちいかな。は、はは」 「しっかりしろ! いったいなにがあったんだ。サイトとミス・ヴァリエールはどうした?」 途切れがちなデルフの声を励ますようにミシェルは叫んだ。ほかの皆も、心配そうに覗き込んでくる。 「す、すまねえ。俺は、敵の手の内がわかってたはずなのに……あいつらを……て、敵は、ぐっ!」 そのとき、デルフの声の源であるつばの留め金の釘がはじけとんだ。同時にデルフの声も小さく弱弱しくなっていく。 「て、敵は……お前ら、逃げろ。かなう、相手じゃねえ」 「おいしっかりしろ。サイトたちはどうなった! お前も男なら、この程度で負けるんじゃない!」 「ち、ちくしょうめ、今にもくたばりそうなのに、もう少し優しい言葉はないもんか。あ、相棒も将来苦労するぜ」 「バカ言ってる場合か! お前は剣だろう。剣が死ぬわけないだろうが」 「死ぬ、はなくても壊れるはあるのさ。いいか、俺はもうすぐ壊れる。お前たちは、いっこくも早くこのクソいまいましい国から 出て行くんだ。奴は、教皇はハルケギニアのすべてをぶっ壊すつもりだ……は、早く。早く」 デルフの声はどんどんか細くなっていく。大勢の人間の最期を看取ってきたミシェルたちは、それが人間の死と同じ事で あることがわかる。胸を焼く焦燥感と虚無感。人間でないにしても、デルフもまた長くを共に戦ってきた戦友のひとりだ。 その命が尽き果てようとしているのが愉快なわけがない。 「デルフ! もういい。このままどこかの鍛冶屋に持っていってやる。刀身を打ち直せば、恐らく治る」 「あ、りがと、よ……だが、もう無理だ。それに、俺は助かる資格がねえ……相棒と、娘っ子を、俺は守ることが…… できなかった。あいつらを、俺は」 「な、に? おい、嘘だろ。サイトたちが、サイトがそんな」 「へ……お、まえさん……ほんと、相棒のこと、が……けど、あいつらはもう、二度と、帰っては……すま……ねえ」 そのとき、デルフのつばが砕けて落ち、乾いた音を立てた。 「デル、フ?」 「……あ……ばよ」 それを最後に、もう二度とデルフリンガーからはなんの声も響くことはなかった。 残されたのは、半端な刃のついただけの包丁にも使えない鉄くず同然の刃物が一本のみ。あまりにあっけない、しかし インテリジェンスソードとしては当たり前の終わりであった。 ただの”モノ”と化したデルフの姿を、皆はしばしじっと見つめていた。そうすれば、またあのおどけた声で「冗談に決まってんだろ」 とでも言ってくれるような気がしたからだ。だが、デルフはもはや何も言わず、耐え切れずギーシュがつぶやくように言った。 「な、なあ、デルフリンガー、くんは……その」 「死んだよ」 ひとりの銃士隊員が、冷酷に反論を許さずに現実を突きつけた。それをすぐには飲み込めず、いや飲み込むのを 拒絶して少年たちは立ち尽くした。ただ、一本の剣がガラクタに変わっただけだと以前の彼らなら言ったかもしれない。 しかし、才人の背中ごしに彼らも少なからずデルフとは親しみあっており、彼の明るさとひょうきんさには何度も笑わされてきた。 失ってはじめてわかる。体験してはじめてわかる。仲間の死という現実が、覚悟していたはずの彼らの未熟な心を打ちのめす。 だが、デルフの残した言葉と、デルフの無残な姿は、皆に認めたくないもっとも残酷な現実を突きつけていた。 口に出すこともはばかられる……それを認めた瞬間に、心が大きくえぐられる現実が彼らを待ち構えている。 「なあ、デルフリンガーがこうなったってことは……サイトたちも、教皇陛下のおっしゃったとおり、死ん……」 「レイナール!」 ギーシュが、不用意にレイナールがつぶやこうとした言葉をとがめた。誰だって、それは口には出さないだけでわかっている。 あえて口にしなかったのは、自分たちが心の準備をしているだけでなく、今その現実を突きつけてはいけない相手がいるからだ。 レイナールは人より頭がいいが、それゆえに人が当たり前にできることができないところがある。もちろんそれに悪気はないのだが、 今回はそれが最悪の目に出た。 「サイト……サイトが、死……?」 震えた、抑揚を失った声が漏れ聞こえたとき、そこにいた皆の背筋を冷水がつたった。 「うそだよ、な……お前が、うふ、あはは」 生気を感じられない、腹話術士が壊れた人形にあてるような狂った声。しかしそれは幻聴ではなく、ここにいる誰しもが その声の主を知っていた。 壊れたデルフリンガーを握り締めたまま、うつむいて顔を上げないミシェル。彼女のかわいた唇から、常の彼女のものとは まるで違うひきつったような声が響いてしだいに大きくなっていき、ギーシュたちは戦慄した。理屈じゃない、本能的に恐怖を 呼び起こす狂った音色。 「ふ、副隊長、どの……?」 「くふふ、くはは、あははははは!」 そのときのミシェルの表情を、端的に表す言葉はないと言うべきだろう。ただ、そのとき一瞬でも彼女の顔を見てしまった 少年の感想を述べるならば、正視に耐えないという一言であろう…… 「あはははは! ああっはっははは!」 髪を振り乱し、涙を滝のように流しながら、彼女は泣きながら笑っていた。人の心を家に例えるならば、そのはりや屋根を 支える柱を一気に抜き取られてしまったようなものだ。どんな強固な屋敷でも、辿る運命は崩落のひとつ……けれどそれを、 誰が軟弱や柔弱の一言で片付けられるだろうか。 そして、絶望にとり付かれた心はすべてを投げ出させる。ミシェルの手にはまだ、デルフリンガーの残骸が残っていたのだ。 武器としては使い物にならなくても、まだ凶器としての鋭さはじゅうぶん残っているそれが彼女の喉元へ押し付けられたとき、 彼女の部下たちの必死の制止がなければ、彼女の命は鮮血とともに絶たれていただろう。 「副長ぉ、やめてください!」 「離せっ、死なせてくれっ、サイトの、サイトのいるところへ行くんだあっ!」 羽交い絞めにして止めながら、ミシェルの部下たちはミシェルのなかば幼児退行まで起こしてしまっている惨状を、 歯を食いしばって悲しみ、そしてミシェルにとって、才人の存在がいかに大きかったか、いやどれだけ深く才人を愛して いたかを痛感していた。 「副長……失礼しますっ!」 「うっ、ごふ……」 当身で気絶させたミシェルの体を抱きとめて、銃士隊員のひとりは自分もつらさをこらえるようにぐっと歯を噛み締めた。 歴戦を潜り抜けてきた銃士隊の隊員たちは、戦場で仲間の死を実感してしまった人間がどうなるかを知っている。どんなに 屈強な兵士も、親友を、兄弟を目の前で失ったときに平静でいられるとは限らない。戦友を通して、恋人や夫に戦死された妻が 後を追った話も伝え聞いている。 悲しみに殺されかけ、疲れ果てて眠るミシェルを銃士隊員は背中に担いだ。そして、呆然と見つめているギーシュたちに 向かって告げた。 「行くぞ、もうこの場所に用はない」 「はい、えっと、あの……その、副長、どのは」 「しばらくは指揮をとるのは無理だろう。当分は、代理に私が指揮をとる……だが、いずれは立ち直らせる。いや、立ち直ってもらう。 でなければ、我々こそサイトたちに申し訳が立たん」 銃士隊は才人に何度も借りを作っている。ツルク星人のとき、才人がいなければ全滅していたかもしれないし、リッシュモンとの 戦いで傷ついたアニエスとミシェルが一命を取り留めたのも、才人が関わってきたおかげだった。 その借りを返すまではと、皆思っていたのに……しかし、今は自分たちのことが問題だ。 「サイトがやられたかどうかはともかく、今、我々の目の前にいないことが重要だ。あいつが無事なら、必ず我々の前に戻ってくるはず。 しかしそれよりも、これからの我々のほうこそ大変だぞ。サイトとミス・ヴァリエールの抜けた穴は戦力的にはたいしたことはない。 だが、これから我々は敵地となったロマリアを縦断してトリステインに帰り、ロマリアでなにがあったのかの真実を伝えねばならん。 最低、ひとりでも生き残ってな! いいか」 「っ、はいっ!」 ギーシュたちも、責任の重さと前途の困難さを自覚した。もうロマリアは味方ではない。この、悪魔的な力を持つ国から脱出し、 国に待つ仲間たちに真実を伝えることがいかに難しく、かつ果たさねばならないことであるかはとつとつと語るまでもない。 この場にいないモンモランシーとティファニアは無事だろうか、明敏なルクシャナがついているからもしものことがあってもと思うが、 彼女たちにこのことを伝えねばならないのは気が重い。さらに彼女たちを守りながらの帰路がどれほど困難となるか、しかし他に 道はない。そのためには、たとえこの中の誰がどうなろうともだ。 しかし……と、ミシェルを背負った銃士隊員は、消沈した様子ながらついてくるギーシュたちと語りつつ思う。 「サイト、あのバカめ、うちの大事な副長を泣かすとはとんでもないことをしてくれたな。アニエス隊長に報告して、一から根性を 叩きなおしてやるから覚悟しておけよ……」 「あれ、戦場ではくたばった仲間のことはすぐ忘れるのが鉄則と教わりましたがね。それじゃ、あなたこそ隊長にどやされますよ。 しかし、たったふたりが欠けただけで、こうもガタガタになるとは、情けないもんですねぼくたちも」 「ふん、銃士隊も昔は正真正銘の鉄の隊だったのに、誰かのおかげで我々も甘くなったものだ。生存が絶望的な人間を あきらめきれんとは……生きて帰るぞ、でなければ私たちが地獄でサイトに怒鳴られる」 「ええ、それがサイトとルイズへの唯一の弔いでしょうからね……」 デルフは死んだ、才人とルイズは帰ってこない。そう自らに言い聞かせて、彼らは枯れた草を踏みしめて、なにもない荒野を 遠いトリステインへ向かって歩き出した。目に映るのは、意気揚々としたロマリア軍の幾万の行進。しかしその数に比して、 彼らはあまりにも孤独だった。 目をやれば、この戦いでの負傷者が運ばれていくのが見える。教皇の茶番で何人が傷ついたのか、街ひとつが崩壊し、 運ばれていく人間の中には軍属だけでなく、街にわずかに残っていた人間なのか、町人風の親子の姿も見える。 しかし、教皇の野望を砕かなければ、いずれ世界中がこうなってしまうだろう。そうなれば、ロマリアの人々も自分たちが 世界を救うどころか世界を滅ぼす企みに手を貸していたことに気づくだろうが、もはや手遅れでしかない。一刻も早くトリステインに戻り、 アンリエッタ女王に聖戦不参加を決めてもらわねばならない……だが、その道のりは果てしなく、足取りは鉛のように重い。 そして、絶望的な帰路に旅立つ彼らの姿を、ヴィットーリオとジュリオは冷たい眼差しで見下ろしていた。 「どうやら、まだあがくつもりのようですね。どうします? 悪い芽は育つ前に摘んでおくべきかと思いますが」 「ふふ、ジュリオは慎重ですね。ウルトラマンへの変身者を片付けた以上、あんな連中になにができるでしょう? ですが、大事が 控えている今、危険要素は徹底して取り除くべきですね。面倒でしょうが、始末しておいていただけますか」 「承りました。彼らは誰一人として、祖国にたどり着くことはないでしょう。最後の旅を、せいぜい楽しく演出してあげますよ」 利用価値を失ったものに対して、彼らはもはやなんの情も抱いていなかった。彼らは今現在、ハルケギニアにおいてもっとも 強大にして無比、対してトリステインを目指す一行は敗残兵も同様に無力だった。 「真実などを探そうとしなければ、少しでも長生きできたでしょうに。この流れはもはや、誰にも止めることはできません。 それなのに無駄なあがきをするのは、彼らの救いがたい性ですね。あなたもそう思うでしょう?」 「ええ、ですが油断は禁物です。人間という生き物は、どれだけ念入りにつぶしても隙を見ては我々をおびやかします。 覚えておいででしょう。この世界以前にも、我々はかつてもウルトラマンを倒し、世界を闇に閉ざしました……ですがそれで、 完全勝利とはいかなかったのです」 「そうですね。しかしあのときと違い、この星の人間たちにそこまでの力はありません。ほかのウルトラマンたちはまだ 気づいていませんし、気づいたときには手遅れです。さあ、今度こそ失敗は許されませんよ。この星を浄化して、次は 今度こそあの星を手に入れるのです」 教皇とジュリオはハルケギニアを通じて、青く輝くもうひとつの星への想いをめぐらせていた。 幾年月にわたる壮大な計画は人間の尺度をはるかに超え、いまだその全容を見せない。しかし、ハルケギニアの窮地を 救うために戦い、戦ってきた戦士たちは謀略に落ちて、その牙を大きく砕かれてしまった。動き始めたロマリアの陰謀を 止める者は、この時点では誰一人として存在しない…… そして、時空のかなたへ追放されてしまった才人とルイズ、その行方を知る者もこの世界には一切いない。 宇宙は無数の別次元に分かれており、ヴィットーリオが開いた世界扉のゲートは、その境界をこじ開けるのみで行く先を 設定されてはいない。つまり、世界地図に目を閉じてダーツを投げるも同じで、どの国に刺さるかなど誰にもわからない。 いやむしろ、どこかの世界にたどり着ければ幸運なほうで、投げたダーツが海に刺さってしまったときのように、永遠に どこにもたどり着けずに時空のはざまをさまよい続けるということもありえるのだ。 そんなところに、なんの道しるべもなく放り出された人間の行く末など知る方法はない。まして、帰還の可能性などは 限りなくゼロに等しい……ヴィットーリオとジュリオ、彼らに破壊されたデルフが死と同義に考えてしまったのも無理からぬ ところであったと言えよう。 しかし、その絶望的な可能性の壁を超えて、人知れず希望の命脈は保たれていたことも、まだ誰も知らない。 次元の壁を超えて、才人は奇跡的にどこかの世界へとたどり着いた。 けれども、それを幸運と呼ぶべきかはわからない。なぜならそこは、まるで生き物の生息を許すとも思えない荒涼とした世界だったのだ。 なす術もなく……一人で放り出された才人は、ただルイズの姿を探そうとするものの、突然現れた怪獣に襲われてしまう。 凶暴な怪獣、シルバゴンの前に丸腰で、ルイズがいないためにウルトラマンAへの変身もできずに逃げるのみで 追い詰められてしまう才人。だが、絶体絶命の彼を救ったのは、なんとハルケギニアの星にしかいないはずのエルフの少女であった…… ここはいったいどこなのだ? 何ひとつ理解できない中で、才人のたったひとりの旅が始まろうとしていた。 「う、ううん……ふわぁぁ……」 目をこすり、あくびとともに体を起こした才人の目に入ってきたのは小さな村の光景だった。 いや、村という表現もややオーバーかもしれない。なぜなら、日本人の感覚で”家”と呼べるような建物はなく、木と布で出来た テントがいくらか並んでいるだけで、才人も最初見たときはモンゴルのゲルだったかパオだったかいう遊牧民の移動式住居 みたいだなと思っていた。 「ふうわぁぁ……よく寝た。ってか、寝すぎたかなこりゃ」 毛布をぬぐい、空を見上げるとどれくらい眠っていたのか、とっぷりと墨汁をぶちまけたような闇が周りを包んでいる。しかし 厚い雲のせいか星は見えずに、村の中央の広場でパチパチと音を立てて燃えている焚き火だけが、鈍いオレンジ色に自分たちを 染め上げて闇に抵抗していた。 なにもかもが見慣れぬ風景。才人は、なにもかも夢であってくれればと目が覚めるときに願っていたが、やはりすべては現実だったの だなとため息をつくしかなかった。 そう、教皇との戦いで自分たちは負けた。そして、この世界に飛ばされた。それが現実、変えようのない現実だ。 と、そこへ小気味よく軽い足音がしたかと思うと、才人の前にあの少女が小皿を持ってやってきた。 「いいかげん目を覚ますころだと思ったわ。どう、具合は? 悪いところがあったら遠慮なく言いなさい。薬ならあるから」 「いえ、一眠りしたらだいたい治ったようで。あっ、でも多少筋肉痛があるかなあ、あててて」 「それならよく働く男の勲章みたいなもんだから大丈夫よ。けど、本当にあなた泥のように眠ってたわ。よっぽど疲れていたのね。 夕食のスープの残りだけど、薬草を混ぜ込んであるから疲れがとれるわ。食べなさい」 単刀直入かつ無遠慮な彼女の物言いだったが、スープの皿を差し出してきた手は優しく、才人はまだぼんやりしていた脳みそを 目覚めさせて受け取った。使い込んである様子で古ぼけた皿に入れられたスープは、薄い味付けに、言ったとおり薬草の苦味が 染み出してきて決してうまいとはいえない代物だったが、空腹が極致に達していた才人は夢中でスプーンをすくった。 「そんながっかなくても、誰も取ったりしないわよ」 「すんません。でも、手が止まらなくって」 呆れた様子で彼女に見られる才人だったが、胃袋の欲求はマナーを忘れさせた。それでも多少なりとて口に運ぶと 理性が主導権を回復し、手を休めて才人に礼を言わせた。 「ありがとうございます。見ず知らずのおれに、わざわざメシまで用意してくれて」 「気にすることはないわ。困ったときはおたがいさまだもの。それに、ちょうど長々と帰ってこないやつがいて、一人分余っていたの」 「どうも、ええっと……」 「サーシャよ。ヒリガー・サイトーンくん」 「平賀才人です。よろしく、サーシャさん」 才人は名前を間違われたことを軽く修正し、恩人の名前を深く心に刻んだ。 そう、このサーシャという美しいエルフの少女がいなければ、自分は今頃この世にいなかったに違いない。 あのとき、突如現れた銀色の怪獣に追い詰められていた才人を、たまたま通りかかったという彼女が助けてくれた。それこそ、 踏み潰される寸前のこと……死に物狂いであがこうとしていた才人を、サーシャが力づくで伏せさせてくれたおかげで助かった。 『あいつは動くものしか見えないの。じっとしていたら、そのうち行ってしまうわ』 そのとおりに、銀色の怪獣は動かずにいるふたりが目の前にいるというのに急に見失った様子で、キョロキョロと戸惑う様を しばらく見せると、くるりと振り返ってそのまま去っていってしまった。再び生き物の気配がなくなった荒野で、才人はやっと 自由にしてもらって立ち上がると、そこには恩人の呆れたような眼差しがあった。 「大丈夫? このあたりは、ああいう乱暴なのがうろうろしてるのよ。あなた旅人? よく今まで無事でいられたわね」 ぐっと正面から見据えてくる相手の顔を間近に見て、才人はやっぱりエルフだと確信を強くした。 薄い金色の髪に翠色の瞳、ティファニアを少し大人っぽくしてルクシャナに少し子供っぽさを足したような容姿。以前行った エルフの都で何百人と見たエルフの特徴そのものだった。 「エ、エルフ!?」 「あら? 私を知ってるの? へえ、珍しいわね。私はサーシャ、あなたの名前は? 旅人さん」 「あ、ひ、平賀才人っていいます。旅をしてるわけじゃないんだけど、ええと、説明すっと長いんだけど……そうだ! エルフが いるってことは、ここはハルケギニアなんですか?」 戸惑いはしたものの、慌てて才人は疑問の核心を訪ねた。エルフがいるということは、ここはハルケギニアのどこかか近辺である 可能性が高い。だったら、異世界に飛ばされたわけでないのであれば時間はかかるが帰還の方法もあるだろう。 しかしサーシャから帰ってきた答えは、才人の期待を完全に裏切った。 「ハルケギニア? 聞いたこともないわね」 才人は愕然とした。博識なエルフが知らないということは、ここはハルケギニアからはるか遠くだということになる。 いや、それならまだいい。恐る恐るながら、才人はもう一度尋ねてみた。 「じゃ、じゃあ、サハラか、ロバ・アル・カリイエ?」 「サハラね、懐かしい名前を聞いたわね。なるほど、あなたもその口なのね」 「サ、サハラを知ってるってことは……えっ?」 一瞬、才人の心に喜びが走ったが、サーシャが続けて言った言葉の意味を理解して凍りついた。 「私も前にね、あいつのおかげでこーんな何もないところに連れてこられたのよ。まったく、なんで関係のない私が」 ふてくされたように言うサーシャの話で、才人は理解した。ここは、やはり異世界……目の前の彼女もまた、サハラから なんらかの方法で連れてこられたんだろうということが。 そうとわかり、希望が失われた才人は全身の力が抜けてひざからがっくりと倒れこんだ。 「ちょ、ちょっとあなた大丈夫!?」 「あ、はは……ちょっと気が抜けちゃって……あの、すみませんが、このあたりにもう一人おれくらいのピンク色の髪をした 女の子が来てませんでしたか?」 気力が折れそうなところを、才人はなんとかこらえてルイズの行方を聞いた。帰還の可能性が閉じてしまった以上、 気になるのは重傷を負ったままで消えていったルイズのことだけだ。あの傷、手当が遅れたら命に関わるかもしれない。 けれども、才人の期待はことごとくがかなえられなかった。 「ピンクの髪の女の子? いいえ、悪いけど見ていないわね」 「そう、ですか……捜さないと……」 「なに言ってるの! あんたよく見たらボロボロじゃない。それに、このあたりにはさっきの奴以外にもなにが潜んでるか わからないのよ。えいもうっ、仕方ないわね。この近くに私たちの村があるわ、とりあえずはそこに帰ってから話しましょう」 「で、でも、早く見つけてやらないと」 「死にに行くようなもんだって言ってるの。見捨てていけば私は楽だけど、いくらなんでも寝覚めが悪すぎるから無理にでも 来てもらうわ。ほら!」 サーシャにぐっと腕を掴まれて、才人は引きずられるように連れて行かれた。抵抗しようとしたが、サーシャは意外にも かなりの力持ちで……いや、女性の力にも対抗できないほど才人が弱っていたのもあるだろう。 才人はそのまま、近くに隠してあったサーシャの馬に乗せられて、彼女たちの村に連れて行かれた。 裸の馬の乗り心地は悪く、気を張ってないとずり落ちそうな中で才人は必死で意識を保った。それでも、村の様子が 見えてきたところで最後の気力も尽き、意識が途切れる寸前に才人はサーシャの声を聞いた。 「ほら、もう着くから我慢しなさいって、無理かあ。わかったわよ、あんたの連れの子は私が捜しておいてあげるから……」 その後にもいくらか続いたようだが、すでに才人の意識は深遠の淵へと落ちていた。 それが、この世界に来てからの漏らさぬ真実。才人はサーシャという、地獄の仏に会えたことに感謝しつつ、残りのスープに口をつけ、 あっという間に平らげてしまった。 「はふぅ……ごちそうさまでした」 「よほどお腹が減ってたのね。最近は材料がたいしたものがとれなくて、こんなものしかなくってと思ったんだけど、あなた普段から ろくなもの食べてないんじゃない?」 「はは、当たりです。最初の頃ルイズにもらうメシはほんとひどかったなあ。おかげで味のハードルが下がって、今じゃ食えるだけでも ありがたいって……すみません。おれ、どのくらい眠ってたんでしょうか?」 「おおよそ半日というところね。相当疲れていたんでしょう、まるで死人のように眠り込んでいたわよ」 そうですか……と、才人は腹が膨れてやっと回るようになった頭で考え出した。 疲れていた、か。確かにそうだ。戦って戦い抜いて、自分でもよくあれだけ戦えたものだと不思議に思うくらい戦った。保健体育で、 人間は興奮状態では脳からアドレナリンというものが出て疲れを感じなくさせると習ったが、たぶんそうだったのだろう。けれども、 体のほうは忘れていた疲れを覚えていて、そのツケはきっちりと帰ってきた。 それにしても、人間というやつはおもしろくできているもので、どんなとんでもない事態になろうとも眠気と食い気には勝てないらしい。 戦士たるもの、食えるときには食いたくなくても食っておけと、皆といっしょに訓練の一環の心得として教わったが……なぜか、涙が溢れてくる。 「どうしたの? どこか具合の悪いところでもある?」 「いえ、なんでもないです。それより……」 今は思い出に浸るときではないと、才人は涙をぬぐった。そして、立ち上がって体にぐっと力を込めて相手の顔を正面から 見据えると、彼女はすまなそうに話した。 「ごめんなさい、あなたのいたあたりを中心に探してみたけど、やっぱりあなたの言う女の子は見つからなかったわ」 「そうですか……すみません、こちらこそ初対面なのに無理を言ってしまって」 やはりルイズの行方はわからないか、と、才人は肩を落とした。 予測はもうついていた。この世界に来てから、何度試してもウルトラマンAとの会話はできないし、テレパシーも伝わらない。 ということはつまり、ルイズはテレパシーも届かない別の世界に飛ばされてしまったとしか考えられない。 これからいったいどうしたものか……? まったく先の見通しが立たずに意気消沈する才人。すると、サーシャはそんな才人を 気遣うように言ってくれた。 「まあ、あなたにもいろいろ事情があるみたいだけど、行くところがないなら、ここにいればいいんじゃない?」 「えっ、でも。そんな、見ず知らずのおれのためにそこまでしてもらったら」 「いいのよ、どうせ私も無理矢理こっちに連れてこられた口だから。そもそもこの村は行き場をなくした連中の寄り合い所帯 みたいなもんだし、気にする必要なんかないない」 「あ、ありがとうございます! ようし、掃除洗濯なんでもやりますからまかせてください」 感激して才人はぐっと頭を下げるとともに、持ち前の前向きさで気持ちを切り替えた。頼るものもなく見知らぬ世界にひとりぼっちで 放り出されたのはルイズに召喚されたとき以来だが、同じことなら二度目のほうが気が楽だ。それに、今度はあのときより考えるものが 多い分はるかに力強くいられる。 「あなたって、単純とかお調子者とか言われない?」 「あははは、よく言われます。すみません、長居することになるかもしれませんから、ここがどういうところだか教えてもらえますか?」 「ええ、それはもちろんかまわないわ。けど、その前に一応ここのリーダーに会っておいてもらいたいの。あいつ……ようやく帰ってきたみたいだから」 「えっ? うわっ!」 才人は、突然横殴りに吹き付けてきた突風になぎ倒された。砂塵が巻き上がり、転んだ才人の目に、風にあおられて大きなテントが まるで紙細工のようにはためいているのが映ってくる。 だがしかし、才人を驚かせたのはそんなものではなかった。空から、青い巨大な鳥が降りてくる。いや、あれは鳥の怪獣だ! しかも、才人はその怪獣の姿に見覚えがあった。 「あの、怪獣は!」 「心配いらないわ。あの怪獣は人を襲ったりしないから」 サーシャの言うことは才人にはわかっていた。なぜなら、才人は同じ怪獣を見たことがあったからだ。 以前、東方号でサハラへ旅したとき、アディールでのヤプールとの決戦で現れたあの怪獣とそっくり。いや、サイズは少し小さいが 赤いとさかや骨のような翼といい同種の怪獣なのは間違いない。 「おかえりー、リドリアス」 唖然としている才人の前に、鳥の怪獣は着陸し翼を畳んだ。地上にいるサーシャが手を振ると、喉を鳴らして応えてくる。 この鳴き声もまったく同じだ。 「リ、リーダーって、この怪獣っすか?」 「あはは、まさか。まーリドリアスは賢いけど、そういう柄じゃないよね。うちのリーダーは、ほらアレよアレ」 そう言ってサーシャが指差す先を見ると、リドリアスの背中からロープが降りてきて、それをつたって人が降りてくる。彼は地面に ストンと、というほどきれいにではないが降り立つと、待っていたサーシャのもとにとことこと駆けて来た。 「や、やややや、遅くなってすまない。食料を集めるのに手間取ってしまって、つい遠出をしてしまった。お腹すいたよ、夕食あるかな?」 「ないわよ」 「え?」 「村の警備だってあるのにダラダラと外をほっつき歩いているようなバカに食わすものはないわ。リドリアスも連れまわして、この子はまだ 子供なのよ。これだから蛮人は、その程度の配慮もできないんだから」 「そ、そんなぁー」 と、彼は情けない声を出してへたってしまった。 なんというか、小柄で若いどこにでもいそうな普通の男だった。才人は、このさえない男がリーダー? と、怪訝に思ったが、それも いた仕方がないといえるだろう。サーシャに怒鳴られてペコペコしてる様は威厳などとは無縁で、アニエスのような凛々しく頼りになる リーダーを想像していた才人の予想とはかけ離れていたからだ。 どうやら見る限り、彼よりサーシャのほうが強いらしい。なんとなく自分とルイズの関係を連想してしまう。どこの世界にも似たようなのが いるもんだと、才人は妙な感心をした……ところが。 ”ん? なんだ、おれ……この人と、どこかで会ったような……?” 突然そんな感覚を才人は覚えた。今日ここではじめて会うのは確実なはず……誰かと似ていたっけと思ったけれど、記憶にそんな人物は いくら思い出そうとしてもいなかった。そういえば、サーシャとも最初に会ったときからなんとなく他人の気がしなかった。まだ、疲れているのだろうか? けれども、取り込み中のところ悪いが、このままでは話が進まない。才人は空気を読んでないのを承知で、仕方なく割り込むことにした。 「あの、すみません。もうそろそろよろしいですか?」 「ん? 君は、はじめて見る人だね」 そこで、才人はようやくサーシャから砂漠の真ん中で拾われたことなどを説明してもらった。 「えっと、平賀才人っていいます。おれ、行くあてがなくて、少しの間ここに置いてもらっていいでしょうか?」 「もちろんかまわないさ! いやあ、僕たち以外の人間と会うのは久しぶりだ。喜んで歓迎させてもらうよ」 満面の笑みを浮かべて彼は才人の手を握ってきた。才人は、ほっとするといっしょに、良い人だなと今日はじめて会ったばかりの 自分を受け入れてくれた彼の度量の大きさに感謝した。が、しかし次に彼が口にした言葉を聞いたとき、才人は愕然とするだけでは すまない衝撃を受けた。 「おっと、自己紹介がまだだったね。僕の名前はニダベリールのブリミル」 えっ! と、才人は耳を疑った。その名前、聞き覚えがある。いや、聞き飽きるほど聞かされた名前だ。 始祖ブリミル。ハルケギニアで信仰されているブリミル教の開祖の名前だ。ただ同名なだけの人? いや、まさか、まさか。 才人の心に、少しずつ湧きあがってきていた仮説が急速に形を整えてできあがってくる。エルフの存在、以前見たのと同じ怪獣、 そして伝説の聖人と同じ名前の人物の存在。まさか自分は、別の世界に飛ばされてしまったのではなく、時空を超えてしまって…… 「おれ、六千年前のハルケギニアにタイムスリップしちまったんじゃないのか……?」 夢なら早く覚めてくれ……才人は、急展開すぎる状況についていけず、がっくりとひざをついてしまうしかなかった。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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前ページ次ページ鷲と虚無 才人はいったい何故学院長が二人を呼び出したのかを考えていた。 二人が何か問題を起こして呼び出された、という事が最初に頭に浮かんだがプッロに関してはここ二日は一緒にいたため、それは有り得ないだろうと思った。 ウォレヌスについては解らないが、彼がそのような事をしでかすとは考えにくい。 ルイズも同じ事を考えていたのか、同じ疑問を投げかけてきた。 「ねえ、なんであいつらが呼び出されたのか知ってる?」 「いや、全然解らん」 「プッロが何かやらかしたとか?」 「昨日と今日はあの人とずっと一緒だったけど、問題になるような事は何もしてなかったぞ」 「じゃあいったい何なのかしら……」 ルイズは困惑の表情を浮かべていたが、すぐに机に向き直って勉強を再開した。 ルイズに声をかけたら邪魔になるだろうし、特にする事も無いので才人はごろんと床に仰向けに寝転がった。 最初は二人が呼び出された理由を考えようとしたが、答えが出る筈も無い。 そしてその内に召喚されてからの出来事が脳裏に浮かんできた。 考えるともう召喚されてから、その内の半分は意識が無かったとはいえ、六日程が経つことになる。 そう思うと父と母の事が気になった。今頃は大騒ぎしているはずだ。 息子が壊れたパソコンを受け取りに出て行ったきり一週間近くも戻ってきてないのだから。 彼らからすれば自分は突然、何の痕跡も残さずに蒸発したのだ。 ファンタジーな異世界にいるなんて想像すらしていないだろう。 というよりもする方がおかしい。とっくに警察に通報しているのだろうが、見つかる筈は無い。 才人はその事を考えて胸がチクリと痛んだ。いったいどれだけ心配をかけてるんだろう、と。 もしあの時変な好奇心を出さずに、あの鏡をよけてさっさと家に帰っていればこんな事にはならなかったのだろう。 今更後悔しても意味は無いが、出来る事なら可能な限り早く家に戻って父と母を安心させたかった。 だがそればかりはどうしようもない。もどかしいが学院長達が日本へ戻れる方法を見つけてくれるのを期待するしかないのだ。 家族といえば、ウォレヌス達にも家族はいるのだろうかと才人は思った。 思い出して見れば、確かウォレヌスは妻と娘がいると言っていた筈だ。 だが彼は遠く離れた場所に戦争に行っていた。 だから彼が蒸発した事を家族が知るのはもっと先の話になるに違いない。 プッロの方はどうだろう。正直に言って、あの男が家族を持っている様子を想像できなかった。 多分一人身だろうと想像した。だがそれでも両親や親戚がいる筈だ。 蒸発するのもそうだが、戦争に行く事ほど家族を不安にさせる事はないだろう。 彼らは召喚される前からもずっと家族に心配をかけていた事になる。 考えて見れば自分は彼らがなぜ戦争に行って、誰と戦っているのか殆ど知らない。 (徴兵とかされたんならともかく、そうじゃないんならなんであの人達は戦争に行ったんだろう) 才人は疑念を抱いたが、ただでさえ戦争自体が遠い世界の話だ。 しかも彼らの価値観の多くが自分のそれとはかなり違っているのはもう何度も体感している。 一人で考えるだけで答えを得るのは不可能だった。 (ルイズの方はどうなのかな) そこで才人は感心をルイズの方に向けた。記憶が確かなら彼女は公爵の娘だった筈だ。 公爵がかなり偉い人なのは才人にもわかる。 こんな金持ちしかこれなさそうな学校に子供を通わせてる事から考えても、相当に裕福なのは間違い無さそうだ。 そして何より彼女は家族と引き離されてはいない。 学校の寮に住んでるとはいえ、会おうと思えばすぐに家に帰れるのだろう。 もっとも、それを考えても彼女を恨めしく思うつもりにはなれなかった。 自分が今こんな場所にいる原因は彼女にあるが、別に狙ってそうしたわけでも悪意があったわけでもない。 それに彼女が今おかれてる状況を考える彼女が恵まれてるとはとても言えないだろう。 (まあ、少しは申し訳無さそうな素振りを見せてもいいかもしれないけどな) しばらく経ってから二人がもどってきた。 何かがあったのは彼らの意外そうな、そして少し落胆したかのような表情を見てすぐに判った。 才人は「お帰りなさい」と声をかけたが、ウォレヌスは「……ああ」と投げやりに答えるとドサッ、と床に座り込んでため息をついた。 いったいどうしたんだろう、と才人は不思議に思った。 「あのう、向こうで何があったんですか?」 才人がプッロにそう聞くと、彼は困ったように口を開いた。 「それが……なんと言えばいいのか、どうも変な事になった」 そう言うとプッロも疲れたように床に座った。 そこにルイズが口を挟む。 「変な事?そもそも一体なんの用事だったわけ?」 ウォレヌスは一瞬戸惑うそぶりを見せたが、とつとつと話し始めた。 「……お前が我々を召喚した日の話だ。学院長が我々に“ここで仕事を提供する代わりに、我々の国や世界について教えて欲しい”と言ったのを覚えているか?」 そう言われて才人の記憶が蘇った。 ここ数日のゴタゴタですっかり頭の中から抜け落ちていたが、確かに彼はそのような事を言っていた。 「そういえばそうでしたね。忘れてましたけど」 「まあ忘れてたのは俺達もなんだがな。それがあのジジイが俺達を呼んだ理由だ。そして色々と聞かれたんだよ、俺たちの国についてな」 それでなぜ二人が呼ばれたのかは解った。だが二人が浮かない顔をしている理由がまだ解らない。 ウォレヌスの言う“変な事”に関係しているのだろうが、呼ばれた訳からしても落ち込む様な話しでは無いはずだ。 「それで変な事っていうのはなんだったんですか?」 「順を追って説明する。まず最初にローマやその周辺、要するにヨーロッパ大陸の地理について聞かれた。文化やら制度を知る前に地理を先に知っているほうが想像しやすいというんでな。 それに答えている途中にガリアという名前を口にしたら彼らがかなり驚く様子を見せた。それでどうしたのか聞くと、ここにも全く同じ名前の国があるという」 全く同じ名前の国?と才人が思うのとほぼ同時に、ルイズがガタッ、と椅子から立ち上がった。 「あるらしいも何も、ガリアはハルケギニア最大の王国よ!じゃあなに、あんた達の世界にもガリアって国があるわけ?」 彼女にとっても思ってもみない事だったのか、その声には驚愕が含まれていた。 「ああ。国というよりは地域の名前だがな。それでお前が隣室の娘――キュルケといったか?――がゲルマニア出身だと言っていた事を思い出した。お前には言わなかったんだが、実はローマの北にもゲルマニアという地域がある」 才人は初日の朝にルイズが忌々しげにキュルケについて話していた事や、その後ウォレヌス達がゲルマニアについて言っていたのを思い出した。 あの時もただの偶然だとは思えなかったが、これではっきりとした。 地域の名前が二つも一致するのは単なる偶然では済まされない筈だ。 ルイズも同じ考えなのか、眉間に皺を寄せて「それは……奇妙な話ね。一箇所ならまだ偶然ですむかもしれないけど……」と呟いた。 「私もそれが気になってな、彼らにハルケギニアの地図を見せて貰うように頼んだ。すると驚くべき事に私が以前見たヨーロッパ大陸の地図とそっくりだった」 才人は思わず「それ、本当ですか!」と声を上げてしまった。 だがそうするのも無理は無いだろう。 地名だけでなく地形までが同じならこれは間違いなく偶然ではない。何らかの意味がある筈だ。 「そうなんだよ。ハルケギニアと俺達の故郷の地形とか地名はかなり似てるんだ」 「細部は多少異なるがな。だがここにもロマリアという名だがイタリア半島があり、“こちらのガリア”は“我々のガリア”と同じ場所に存在し、ゲルマニアも然り。 トリステインは位置的に“我々のガリア”のベルガエという場所にあたる。ここの北にあるアルビオンという島も、同じ場所に存在している」 「ただ名前は違うがね。俺たちの故郷じゃアルビオンはブリタンニアっていう名前だった」 「それがなプッロ、実はそうでもない。お前は覚えてないだろうが、原住民どもはブリタンニアをアルビオンと呼んでいた。つまり名前も同じだ。明確に違っているのはアフリカやエジプトが存在せず、小アジアに該当する地域から先が巨大な砂漠になっていた所ぐらいだな」 ルイズは腕を組んで首をかしげた。 これが何を意味するのか考え込んでるようだったが、答えはでないようだ。 「正直、なんていえばいいのか解らないわ。どういう事かしら……」 ウォレヌスも同じなのか、首を振った。 「それは私にも解らん。ただの偶然じゃないのは間違いないだろうがな……学院長らも頭を抱えていた」 そこにプッロが最後に一つ、付け加えた。 「つっても国に関しちゃ同じなのは名前だけで、中身は別物みたいだがね。こっちのガリアは一つの王国らしいが、俺達の方のガリアは何十っていう部族がバラバラに住んでる地域の名前だ。 そしてこっちのゲルマニアは技術が進んでるらしいが、俺達の方のゲルマニアは野獣みたいな連中が住む森林に覆われた未開地。そして当たり前だがここにローマは存在していない」 プッロの言う事が本当ならさすがに何から何までが同じという事ではないらしい。 アフリカが存在しないというのも気になる。 それでもここまで古代ヨーロッパと共通点があるのなら偶然ではない筈だ。 だが偶然ではないとすればいったいどういう事なのか。 才人は考え込んだ。そもそもここは何なのだ? ハルケギニアが地球ではない、いわゆる異世界なのは間違いない。だが異世界とは具体的に何を意味するのか。 才人が知る限り、漫画やアニメなどに出てくる異世界にはだいたい三つのパターンがある。 一つ目は異星。そうだとすればここは地球から何千何万光年も離れた惑星で、ルイズ達は宇宙人。そして自分は召喚の魔法によってそこへ瞬間移動した事になる。 二つ目は並行世界の地球。そうならこの星はパワレルワールドの地球で、ハルケギニアはその平行世界のヨーロッパだ。ここがヨーロッパと同じ地形や知名で、なおかつアフリカが存在しないのはそれが理由かもしれない。 三つ目は異次元世界。だがこれは一つ目とそれ程変わらないだろう。 とはいえ答えを知る術はないし、知った所で日本に帰る事は出来ないだろう――とそこまで考えた時、ウォレヌスが残念そうに才人に語りかけてきた。 「そしてもう一つ解ったのが、歩いて帰る事は不可能だという事が解ったわけだ。君にとっても残念な話だろうが……」 いきなり何を言い出すんだ、と才人は首をかしげた。 「歩くって……どういうことですか?」 一体どうすれば歩いて帰れるという発想が浮かぶのかさっぱり解らない。 異世界からどうやって地球に歩いて戻れるというのだろう。 だがウォレヌスはさも当たり前の事であるかのように答えた。 「最悪の場合、つまりどうやっても帰る方法が見つからない時は何年もかかるが、ずっと西に歩いて帰るという手があるだろう?だがハルケギニアの地図を見る限り西には巨大な海しか存在しない……ヨーロッパと同じくな。徒歩で渡るのは不可能だ」 それを聞いてルイズは目を細めたが、それはウォレヌスの考えが荒唐無稽と考えたからではないようだ。 「あんた達そんな無茶な事考えてたの?仮にハルケギニアとローマが繋がってたとしてもいったい何千リーグあると思ってるのよ。大体仮にも主人を勝手におっぽり出すなんて私が許さないわ」 「最後の手段って奴だよ。元々余程の事が無い限りはするつもりもなかったんだから目くじらたてんな」 「巨船を作って大海を西に渡り、セリカにたどり着いた後はパルティア経由でローマに帰る、のは……流石に馬鹿げているな。 そんな長距離を補給なしに航海できる船がある筈がない。それにしてもオケアヌスの真ん中にこのような大陸が存在していたとはな……想像もしていなかった」 距離以前の問題だという事が理解できないんだろうか、と才人は思った。 仮にここが同じ宇宙に存在する異星だとしても、下手をすれば何万光年も離れているだろうに。 話をまとめると、どうも彼らはハルケギニアがあくまで地球にある大陸の一つだと思っているようだ。 ルイズは逆に日本やヨーロッパがそうだと思っているのだろう。 これでなぜ彼らが戻ってきた時に落胆していたのかが解った。 大変な苦難と時間をともなっただろうとはいえ、いよいよという時は帰る方法があると彼らは思っていたのだ。 その最後の保険が潰されたのだから少しは落ち込むだろう。これで自分達の力ではどうやっても故郷に帰れないと解ったのだから。 だがここが地球じゃない事ははっきりさせた方がいいだろうと才人は感じた。 そうしなければいつか海を渡ろうとしてとんでもなく馬鹿げた事をやるかもしれない。 「海を渡ったって意味なんてありませんよ。壮大な時間の無駄になります。海の向こうにあなた達の故郷は存在しないんですから」 才人がそう言うと、プッロがきょとんとした顔になった。 「どういう意味だよそりゃ」 「ここが異世界だからですよ!」 「そりゃ知ってるよ。当たり前だろそんな事は」 どうも彼らは“異世界”という言葉をあくまで地球上の別の大陸を指すものとして使っているようだ。 「俺の言う異世界ってのは、ここが地球じゃないって事です。ここが並行世界なのか別の星なのか異次元なのかは知りませんが、ここはどう考えたって地球じゃない」 才人がそう言い終えると十秒ほどの間、沈黙が場を包んだ。 ウォレヌスもプッロもルイズもジッと才人を見つめていた。 「……あんたが今言った事で理解できた物が一つも無いんだけど。地球じゃない?地球じゃないんならここはどこだって言うのよ」 「へいこうせかい?べつのほし?一体何の事だよそりゃ」 ウォレヌスは何も言わなかったが、理解出来なかったのを示すように眉間にしわを寄せていた。 才人はしまった、と感じた。SFの類を全く知らない人間にこんな事を言っても理解できる筈がない。 そして当たり前だが古代にSFなんて物は存在しない。それはハルケギニアも同じだろう。 一体どうしよう、と才人が言葉につまっていると、プッロが奇怪な事を言い出した。 「別の星って言ったよな?星ってのは何千マイルも離れた場所にある、天球の光が漏れてくる穴の事だろ。なんでそれが“ここ”になるんだよ」 あまりにも荒唐無稽なプッロの発言に才人は戸惑った。 明らかにガリレオ以前の天文知識しかない彼らにどうやって説明した物か。 そもそも才人自身、大して宇宙について詳しいわけではない。 彼の知識はSF物のアニメやらテレビの教育番組やら真面目に読んだ事のない教科書やらで構成された断片的な物に過ぎないのだ。 それでも星が天球とやらに開いた穴ではなく、太陽のようなものである事は解っている。 なんとか解りやすく説明しようと、才人は頭を絞った。 「星は穴なんかじゃありませんよ。え~と……簡単に言えば巨大な火の球です。太陽みたいな」 プッロは呆けたように頬を掻くと、「……そうなんですか?あんたが前に言った事と違ってるようですが」と確認するようにウォレヌスに尋ねた。 ウォレヌスはすぐに首を横に振った。 「聞いた事もないな。だいたい太陽が無数にあるのならアポロやヤヌスも無数に存在するのか?そんな滅茶苦茶な」 アポロやヤヌスがローマの神々の一つなのは才人も知っていた。 アポロは確か太陽の神だから、その事について話しているのだろうか? だがそんな事を言われても才人には説明の仕様がない。 そして後を追うようにルイズが痛い所をついてきた。 「ヤヌスやアポロがなんなのかは知らないけど、私も同感よ。あんたのいう事には証拠が何一つ無いじゃない。いきなりそんな事を信じろって言われても無理ね。何か証拠はあるの?星がデカい火の玉だっていう」 それを言われると辛かった。単に常識として知っているだけで、星が実際になんなのかを証明する手段は何一つ持ち合わせていない。 だがどちらにしてもこれは重要な点ではない。自分が言いたいのはここが地球に似た惑星がかもしれない、という事だ。 「正直な話、その事は重要じゃありません。俺が言いたいのは宇宙のどこかに地球と同じような星があるかもしれない、そしてそこがここかもしれないって事です」 再び場に沈黙が訪れた。 それを見て才人はどんよりとした気分になった。まるで自分がとんでもなくおかしな事を言っているかのように感じられる。 実際におかしな事を言っているのは彼らの筈なのに。 やがてゆっくりと、だがはっきりとウォレヌスが首を振った。 「そんな馬鹿げた事がありえるか。地球は一つだ。この世界にこれ以外の地球があるはずが無い」 「地球が二つあるって話じゃありません。地球とは別の似たような星、って事です」 今度はルイズが呆れたように言った。 「なんていうのか……ずいぶんと突飛な発想を持ってるのねあんた。つまり宇宙のどこかに地球に似た別の地球が浮かんでいて、あんた達はそこから召喚されてきたって言いたいの?」 知ってか知らずか、彼女は才人が言いたい事をはっきりと表現してくれた。 才人は強く頷いた。 「ああ、まさにその通りだ。判りやすくまとめてくれたな」 才人がそう言い切ると共に、三人は今度は狐につままれたような顔になった。 (俺ってそんなにおかしい事を言ってるのか?) なぜ三人ともここまで異星の存在を信じようとしないのかが才人には理解できない。 確かに証明は出来ないが、可能性として受け入れる位はしてくれてもいい筈だ。 「……おい、さっき言ってたヘイコウ世界ってのはなんなんだ。これより更にぶっ飛んだ話なのか?」 そう言ったプッロの顔は疑いに覆われている。 “ぶっ飛んだ話”という言葉からも彼が才人の話を全く信じていないのは明らかだった。 そして並行世界はこれよりもずっと説明するのが難しい。 彼らにはたして理解できるのか、と才人は悩んだ。 「平行世界ってのは……え~と、一つの世界から分岐してそれに並行して存在する別の世界の事です。パラレルワールドとも言います」 一応解りやすく言ったつもりだが、それでもプッロにはさっぱりだったらしい。 「まるで意味が解らねえよ。分岐ってどういう事だ?並行して存在だぁ?」 「え~と、そうですね――」 そう言いながらも才人は解りやすい例を考えようとした。 「そうだ、例えばプッロさんのお祖父さんが子供の頃に運悪く病気にかかって死んだとします。そうすれば当然プッロさんは今存在していませんよね?」 「まあそりゃそうだな。っていうか勝手に俺を殺すな」 「仮定の話です。つまりなんらかの理由により、プッロさんのお祖父さんが子供の頃に死んだ世界と病気にかからなかった世界が二つあると考えてみて下さい」 相変わらず皆は顔に疑問符を浮かべている。 「世界が二つできた、というのはどういう意味だ?さっぱり理解できない」 次はウォレヌスが聞いてきた。才人は精一杯解りやすいように説明しようとした。 「だから分裂したんですよ、世界が。一つの世界ではプッロさんは存在していますが、もう一つの世界では存在していない。 別の例で言えば俺が召喚された時の事です。もしあの時、俺があの鏡を潜らなかったなら当然俺はここに存在していない。平行世界っていうのはそういう“もしも”の世界なんですよ」 「……それでその世界ってのはどこにあるのよ?」 ルイズがジト目で尋ねてくる。 「別の時間軸だ。だから俺達には決して見る事も行く事も出来ない。でも確実に存在する。そんな世界だ」 そう答えながらも才人は自分で自分の言っている事が怪しく思えてきた。 元々が漫画やアニメの受け売りだ。科学的にこれが正しいのかどうかは全く解らない。 そもそも科学的に並行世界なんて物が本当に存在するのかどうかさえ知らないのだ。 そしてプッロ達は妙に痛い所をついてくる。かえってこういう事を全く知らないからかもしれない。 「別の時間軸だの世界が分裂するってのも訳がわからんし、だいたい見る事が出来ないんならなんでそんなのがあるって解るんだ?」 確かにもっともな疑問だが、才人にはっきりとした答えは無い。 「俺は可能性の話をしてるんです。つまり、ハルケギニアは地球の平行世界かもしれない。もしそうなら地形がヨーロッパそっくりなのも説明できます。もちろん分裂したのはあなたの祖父の時代どころかそれより遥か前でしょうが」 そう言った後も三人は釈然としない表情のままだった。 無理も無い事かもしれないが、こちらの言う事を信じる信じていない以前に概念その物が理解できていないように見える。 それにしても、もどかしい。はっきり言えばここが並行世界なのか異星なのかどうかは問題ではない。 才人が言いたいのは“ここが地球ではない”という事だ。 そしてそれが正しいのは100%解っているのに彼らには中々理解して貰えない。 そして挙句にプッロはこんな事を言い出した。 「なあ坊主、はっきり言っていいか?お前さんの話はイカれてるぜ」 絶対に正しいと信じている事をイカれているといわれて、才人は少し不快になった。 思わず声を荒げる。 「イカれてるって、なんでですか!?」 「だってありえんだろ、そんな事は。別の星だのヘイコウ世界だの、滅茶苦茶にも程がある」 そして才人が何かを言い返せる前にルイズが割って入った。 「そもそもここが地球じゃない、と考える根拠はなんなの?なにかある筈でしょ?それを言って見なさい」 根拠と言われても、そんな物は決まりきっている。 「……そりゃこんな場所は地球に無いからだよ。ハルケギニアなんて召喚されるまでは聞いた事も無かった」 そこにウォレヌスが切り返してきた。 「そう言い切れるのはなぜだ?私だってこんな場所が存在するなど夢にも思っていなかったが、現にこうして存在するじゃないか」 あまりの話の通じ辛さに才人は苛立ちを覚えてきた。 それを何とか飲み込み、才人は答えを紡いだ。 「いいですか、俺の国じゃ地球にある全ての場所は隅々まで知られてるんです、詳細に。それなのにハルケギニアなんて場所はどこにも存在しないんですよ……!」 「単に君達がそう思ってるだけじゃないのか?我々も世界がどのような姿をしているかは知っているつもりだった。ヨーロッパ、アジアとアフリカの三大陸が存在し、その周りは大海オケアヌスで覆われているとな。それがどうだったかは見ての通りだ」 才人は唸った。まさかここまで理解されないとは思ってもみなかった。 とにかく、彼らを納得させるには何か証拠が必要だ。 ここが地球でない事の証拠。余りにも常識的でありすぎてかえって頭に浮かんでこない。 何か無いか、と考えていると才人は窓から差し込んでくる月の光に気付いた。 そう、月だ。ここには月が二つある。それこそここが地球じゃないという確かな証拠ではないか。 月だけではない。夜空を見れば解る。ここが地球でないのなら星座なども違う筈だ。 「そうだ、お二人とも疑問に思った事は無いんですか?ここにはバカでかい月が二つもあるって!」 「ん、ああ。まあそれは確かに不思議に思った。というか不吉だったな」 「そういえば最初の日は騒いでたわね、月が二つもある!って」 才人は決め手だといわんばかりに一気にまくし立てた。 「それが証拠ですよ!ここが地球なら月は一つしか無いはずでしょ?月だけじゃない、ここが地球じゃないんなら星座とかも全部違うかもしれません」 だが、この決め手も彼らを納得させるには至らなかった。 「……場所が違えば月の大きさや数も変わるのかもしれん。月や太陽は神域だからな。死すべき定めの人間には理解できん事があっても不思議じゃない。はっきりとした証拠とはいえないな」 才人は深くため息をついた。どうにも彼らは納得しそうにない。 神々という便利な道具がある以上、自分が思いつきそうな証拠では彼らを説得するのは難しそうだ。 才人がそう悶々としていると、プッロが彼をジロジロと見つめながら話しかけた。 「なあ坊主、これはお前が全部自分の頭で考えた事なのか?それともお前の国じゃ普通に信じられてる事なのか?」 「……普通かどうかはしりませんけど、俺が考えた事じゃないですよ。今までに読んだ本とかに載ってた事です」 才人がぶっきらぼうに答えると、プッロは感心と呆れが入り混じったような声で言った。 「なんというかまあ、お前さんの国じゃあかなり突拍子もない話があるんだな。外人の連中に奇妙な考えや風習があるってのは今までに身を持って体験したが、お前が言った事はその中でも一番ぶっ飛んでる」 突拍子もない事を言ってるのはあんたらだよ、と才人は言い返しそうになったがそこはこらえた。 これ以上は何を言っても水掛け論にしかならないと悟ったからだ。 それを察したのか、ウォレヌスが話を切り上げたいかのように言った。 「結局は君の言う事のどれかが正しいとしても、帰る方法が無いというのには変わりないんだろう?」 「ええ、まあ。そうなりますね」 「じゃあこれで止めておこう。今の時点ではなぜここと我々の世界がそっくりなのかは解らない。それが結論だ」 プッロ達も頷く。 「同意ですね。これ以上は疲れるだけだ」 「私ももういいわ。あんたの話を聞いてたら頭が少し変になりそうだし」 この話はそれで終わりになった。 ここと古代ヨーロッパの奇妙な類似については結局答えは何も出なかったが、それはまだいい。 極端な話、仮にその謎が解けなくとも故郷に帰る事ができればそれでも構わない。 それよりもここが地球ではないと二人に理解させる事が出来なかったのが、才人には少し不安に思えた。 杞憂かもしれないが、その内故郷に帰ろうとして彼らが何かとてつもなく無駄な事をしそうな気がしてならない。 特にプッロなら竜か何かを強奪して海を渡ろうとする位の事はしてもおかしくない気がする。 とはいえあくまでも最後の手段だと言っていたわけだから、今の所は心配しなくてもいいだろう。 それに彼の性格からすれば多分、ギーシュとの件で片がつくまで帰ろうとはしない筈だ。 だが長い目で見れば、ここが真の意味で異世界だという事を彼らに解らせた方がいい。 それまでになんとかうまく説明出来る方法を考えなきゃな、と才人は思った。 前ページ次ページ鷲と虚無
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前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔 ウルトラマンゼロの使い魔 第百五十九話「破滅降臨」 破滅魔虫ドビシ 破滅魔虫カイザードビシ 登場 ガリア王国の首都リュティスは、聖戦の開始以来ずっと、大混乱の坩堝に陥っていた。 街には南部諸侯の離反によって、その土地から逃げてきた現王派の貴族や難民が溢れ返り、 それがなくとも国民はロマリア宗教庁より“聖敵”にされてしまったことで震え上がり、 連日寺院に救いを求める始末であった。華の都と呼ばれたリュティスは、たったの一週間で 終末がひと足先に訪れたかのようになってしまったのだ。 王軍もまた、反乱を起こした東薔薇騎士団の壊滅から来るジョゼフへの恐怖心と外国軍への 嫌悪感からほとんどがジョゼフに従っていたが、その士気は最低であった。しかも本日未明に もたらされた、カルカソンヌに展開していた最前線の部隊が怪獣に操られ、その末に全員が 捕虜となって文字通り全滅したという報せによって、これ以上下がらないと思われていた士気が どん底になっていた。――ジョゼフは何も言わないが、怪獣が彼の仕業なのはどう見ても明らか。 つまり、かの王は自分たちですら捨て駒としか思っていないのだ。彼らが今もガリア王軍であり 続けるのは、最早何をしても自分たちの破滅は変わらないのだから、せめて最後まで王家への 忠義と誇りは捨てなかったという体裁は保ちたいという絶望的な願いだけが理由であった。 常識家でただの善人だった宮廷貴族だけは、祖国をどうにか立て直そうと躍起になって いたのだが、そんな彼らでも、東薔薇騎士団の反乱の際に崩壊したヴェルサルテイル宮殿の 一角……美しかった青い壁が今やただの瓦礫の山であるグラン・トロワの無惨な姿を見る度に、 自分たちの仕事が無駄になることを認識していた。 ハルケギニア一の大国、ガリア王国をほんの一週間でこれほどの惨状に変えた張本人である ジョゼフは、仮の宿舎とした迎賓館――語頭に「元」がつくのも遠い未来ではないだろう――で、 運び込んだベッドの上から古ぼけたチェストを見つめていた。それは中が見た目より広くされて いるマジックアイテムであり、幼き頃にはシャルルとかくれんぼに興じていた懐かしい思い出の 品である。 当時のことを思い返しながら、ジョゼフは独りごちる。 「一度でいいから、お前の悔しそうな顔が見たかったよ。そうすれば、こんな馬鹿騒ぎに ならずに済んだのになぁ。見ろ、お前の愛したグラン・トロワはもう、なくなってしまった。 お前が好きだったリュティスは、今や地獄の釜のようだ。まぁ、おれがやったんだけどな。 それでも、おれの感情は震えぬのだ。あっけなく国の半分が裏切ってくれたし、残った奴らも 事実上捨ててやったが、何の感慨も持てん。実際『どうでもいい』以外の感情が持てぬのだよ」 ジョゼフはため息を吐いた。 「何だか面倒になってしまったよ。街を一つずつ、国を一つずつ潰していけば、その内に 泣けるだろうと思っていたが……まだるっこしいから、纏めて灰にしてやろうと思う。 もちろん、このガリアを含めてな。だからあの世で王国を築いてくれ。シャルル……」 そこまでつぶやいた時、ドアが弾かれるようにして開かれた。 「父上!」 顔面蒼白で、大股でつかつかと歩いてきたのは、娘であり、王女であるイザベラだった。 王族ゆかりの長い青髪をなびかせながら、父王に向かって問うた。 「一体、何があったというのですか? ロマリアといきなり戦争になったと聞いて、旅行先の アルビオンから飛んで帰ってきてみれば、市内は大騒ぎ! おまけに国の半分が寝返ったという 話ではありませぬか!」 「それがどうした?」 ジョゼフはうるさそうに、たったひと言で返した。 「……“それがどうした”ですって? わたしには、父上のお考えが理解できませぬ! ハルケギニア中を敵に回しているのですよ!? 王国がなくなるのですよ!?」」 「だから、“それがどうした”と言っているのだ。おれにとっては、誰が敵に回ろうと、何が なくなろうとも、どうでもよいことなのだ」 冷たく突き放したジョゼフに、イザベラはわなわな小刻みに震えた。父に、恐怖を感じているのだ。 ジョゼフはそんなイザベラに、冷めた視線を返していた。ジョゼフは己の娘でさえ、愛した ことは一度もなかったのだ。それどころか、魔法の才に恵まれない彼女に昔の自分の面影を見て、 嫌悪感すら抱いていた。彼女が何かわがままを言う度にそれを叶えてきたが、それは鬱陶しい イザベラの声をさっさと黙らせたいからだけでしかなかった。成長してからもイザベラはその辺の 愚昧な人間と変わりなく、彼女に対して何の評価もしていなかった。 だがしかし、次の瞬間、イザベラは彼の抱いている人物像に反する行動に打って出た。 「父上……どうかお考え直し下さいッ!」 彼女は恐怖心を振り切り、必死な声音でジョゼフに改心を求めてきたのだ。 「何?」 「もう遅すぎるのかもしれませんが……何か変えられるものがあるやもしれませぬ! せめて、 この国の民の命だけは助かるよう便宜を図って下さい! 彼らには何の罪もないではありませぬか!」 その声音には、保身や計算の色はなかった。王になってから散々聞いてきたので、それくらいは 分かる。だからこそジョゼフには信じられなかった。あのわがまま娘が、このようなことを口走るとは。 「……意外な言葉だな。誰からの受け売りだ?」 「ある者より教わりました。間違いは、生きていれば正せると。……わたしは、己というものを 省みたことがありませんでした。そのこと自体、どうとも思っていませんでした。ですが…… その者より教わって以来、そんな自分を変えたいと思うようになったのです」 胸の辺りをギュッと握り締めるイザベラ。その懐には、アスカが置いていったエンブレムの パッチがあった。 「そして父上にも、どうか過ちを正していただきたいのです! このままではどう考えても、 誰もが破滅する結末しか待っていません。それが正しいことのはずがありませぬ! どうかッ! どうか父上、お考え直しを……!」 イザベラの強い訴えを一身に受け……ジョゼフは声を張りながら大笑いした。 「ワッハッハッハッ! ワッハッハッハッハッ!」 「ち、父上?」 「いやはや、おれは本当に人を見る目がないな。お前がそんなに立派な台詞を言う人間に なっていたとは。今の今まで、全く知らなかった。実に驚かされたよ」 ジョゼフの言葉に、イザベラは一瞬表情が輝いた。 「父上、では……!」 だが、ジョゼフから向けられたのは杖の先端だった。 「え……?」 「だが、それもやはりどうでもよいことだ。おれは何も変えるつもりはない。お前が『正しい』と 思うことをしたいのなら、今すぐにここから出ていくことだな。さもなければ、出来ない身体に なるかもしれんぞ」 イザベラは再び、ガチガチと震え出した。先ほどよりも深い恐怖を、ジョゼフに感じている。 「とっとと去れ。身内を殺めるのはもうやった。同じことを二度やるのは下らんことだ。 だから見逃してやる。従わないのなら……いい加減鬱陶しいので、黙らさなければならんな」 ジョゼフが自分を見逃す理由は、その言葉以外にないのは明白だった。結局、彼は自分の ことをこれっぽっちも愛してはくれなかったのだ。 イザベラはそれがとても苦しく、悔しく、そして悲しかった。感情とともに溢れ出た涙と ともに、この寝室から飛び出していった。 次いで現れたのは、ミョズニトニルン。彼女は集めた情報をジョゼフに報告する。 「死体の見つからなかったカステルモールの件ですが……。どうやら生きているようです。 カルカソンヌで捕虜となった王軍に紛れているとのこと」 「そうか」 「シャルロットさまと接触するやもしれませぬ。何らかの手を打たれた方が……」 「それには及ばぬ」 ジョゼフは首を振った。 「どうしてですか?」 「希望の中でこそ、絶望はより深く輝く。奴らは『おれを倒せるかもしれぬ』という希望を 抱いたまま、ただの塵に還るのだ。そんな深い絶望など、そうそう味わえるものではない。 羨ましいことだ」 最後のひと言は、紛れもないジョゼフの本音であった。 昨晩の事件によって、ロマリア軍はリネン川を渡り、がら空きとなった対岸へと歩を進めた。 しかしそこで進軍は一旦ストップとなった。捕虜の人数把握や整理などの処理に時間が必要 だったからだ。街の半分に陣を張っていた軍団を纏めて捕虜にするなど異例のこと。そのため ロマリア軍も忙殺されているのだ。 しかし進軍の停滞も、持って一日というところだろう。明日にはリュティスへ向けて進撃を 再開してしまうはずだ。リュティスはカルカソンヌの比ではない数の兵が守っているので、 さすがにすぐ激突とはならないだろうが……それでも本格的な戦闘はもう秒読み寸前という ところまで迫っている。それまでにアンリエッタが間に合わなかったらアウトだ。 そんな風にやきもきしているルイズは……才人がラン=ゼロに何か怪しげな特訓をつけられて いるのを目撃した。 「まだだ! まだお前には集中力が足りねぇ! 極限まで精神を研ぎ澄ませッ!」 「おうッ!」 傍から見たら昨日と同じ剣の稽古なのだが……才人の方は何と目隠しをしているのだ。 視界をふさいだ状態で剣を振るうなど、奇行としか言いようがない。 「サイト……あんた何やってんの?」 「その声、ルイズか?」 才人たちは一旦手を止め、才人は目隠しを取ってルイズに向き直った。 「特訓さ」 「それは見たら分かるけど、あんた何で目隠しなんかしてるのよ。いくら何でもそれは危ないでしょ」 「いや、それが必要なんだよ」 とゼロは証言する。 「目隠しが必要?」 「ジョゼフを討ち取るためにな。特に、今はこんな状況になっちまっただろ? だから最悪 今日中にこの特訓を完成させなきゃならねぇんだ。悪いが邪魔してくれるなよ」 「まぁそれはいいけど……昨日は目隠しなんかしてなかったじゃないの。どうしてまたそんな ことを……。昨晩に何かあったの?」 と聞かれて、才人たちはギクリとした。昨夜はタバサと密談していた。そこでカステルモール からの手紙からジョゼフが正体不明の魔法を扱うことを知り、その対策をゼロと話し合ったのだが……。 喧嘩をすることもあるが、才人は仲間であるルイズを信頼している。しかし、ロマリアの 手の者がどこでどうやって盗み聞きしているか分かったものではない。ガリアの者からタバサに 王として名乗り出てほしいと言われているなんて内容、ロマリアは諸手を挙げて喜ぶだろう。 そんなことはさせられない。 だから才人たちは内心ルイズに謝りながら、ごまかすことにした。 「その、何て言うか……これはとっておきの秘策なんだ。決まればジョゼフの野郎はおったまげる こと間違いなしの」 「ああそうだ。念には念を入れてな」 「そうなんだ……」 ルイズは訝しみながらも、才人たちの引きつった顔から何かを察してくれたのだろう。 それ以上追及はしなかった。 「それだったらいいわ。特訓頑張ってね。じゃあわたしはこれで」 当たり障りのないことを言ってルイズはこの場から離れていった。後に残された二人は ふぅと息をつく。 「……それにしても、本当に俺がジョゼフを倒さなくちゃいけないって状況になってきてるな。 姫さまは明日には来てくれるかな……」 「信じるしかねぇな。この心配が杞憂になってくれるのが、一番いいんだけどな……」 と言い合う才人とゼロ。もしアンリエッタが間に合わなかったら、才人がジョゼフの元に 乗り込んで召し捕らなくてはならない。ジョゼフさえ倒せば、ガリア軍に抗戦の意志はあるまい。 戦争を止めるには、とにもかくにもジョゼフ打倒が必要なのだ。 その日の夜……才人から王への即位を止められていたタバサだったが、シルフィードと ハネジローが寝静まった頃に、才人がこっそりと部屋にやってきたのであった。 タバサは驚くとともに、こんな夜更けに才人が一人で自分の元を訪れたという事実に少し 緊張を覚えながら、彼を中に招き入れた。 才人は一番に、こう言った。 「昨日の夜の話……俺、真面目に考えたんだ」 「……え?」 「ほら、タバサが王さまになるって奴」 「それが?」 「やっぱり、正当な王位継承者として、タバサは即位を宣言すべきだ」 昨日とは正反対の言葉に、タバサは顔を曇らせた。 「ロマリアに説得されたの?」 「違う。自分で考えたんだ。どうすれば、この戦は早く終わるのかなって。やっぱり…… これが一番だと思う」 そう才人は語る。 「ロマリア軍が遂に川を渡っちまっただろう? それで、ガリア軍の総攻撃も始まるらしいんだ。 そうなったら、ほんとに地獄のような戦になっちまう。姫さまの帰りを待っている暇はもうないんだ。 だからタバサ……どうか頼む。みんなを救うために」 と説得する才人に、タバサは……。 「……誰?」 「え?」 「あなたは、誰?」 疑問で答えた。手を伸ばし、杖を手に取る。 「な、何言ってるんだよ。俺が誰かなんて……どうしてそんな変なこと聞くんだ?」 顔が引きつりながらも聞き返す才人に、タバサは言い放った。 「あの人だったなら……仲間のことを信じない選択は取らない」 アンリエッタも才人の大事な仲間だ。彼女が待っていてほしい、と言ったならば、才人は ギリギリまで待ち続ける。仲間を信頼しているから、絶対にそうするはずだ。 それが、ゼロたち仲間とともに戦い、成長してきた才人という人物だと、彼を熱く見守って いたタバサには分かるのだ。 「そ、それは、俺にも事情が……」 もごもごと言い訳する『才人』に、タバサは決定打となるひと言を投げかけた。 「ゼロの声を聞かせて」 その途端、『才人』は身を翻して逃げ出そうとした。タバサはその背中にディテクト・ マジックを掛けた。やはり魔法の反応があったので、氷の矢を背に放った。 みるみる内に『才人』の身体はしぼんで小さくなっていき……いつかの任務で自分も 使ったことのあるスキルニルの正体を晒した。血を吸わせた対象の姿に成り切る魔法人形だ。 ロマリアの手の者が、密かに才人の血液を手に入れ、自分を利用するために差し向けて きたのだ……と分析したタバサは、拾い上げた人形を握り潰した。その瞳には、強い怒りが 燃えていた。 「しまったなぁ……。失敗してしまったか」 才人に化けさせたスキルニルがいつまで経っても戻ってこないことで、事の次第を把握した ジュリオはやれやれと頭を振っていた。 「恋は盲目と言うから、あの聡い彼女も騙せると踏んだんだが……ぼくとしたことが読み 違えてしまったな。聖下に何と申し開きをしたらいいか……」 うーん、と腕を組んでうなるジュリオだったが、すぐにその腕を解いた。 「でもまぁ、最終的に彼女が王位に就けばそれでいいんだ。そうすれば後は何とかなる。 幸い軍は渡河に成功してるし、後はどんな形でも、ジョゼフ王を王座からどかすだけだな……」 と算段を立てるジュリオ。聖地奪還のためにあらゆる手を投げ打つ彼らは、一度のミスで その陰謀に歯止めを掛けるようなことはしないのだ。 翌日、タバサはロマリアに聞かれることを承知で、昨夜のことを才人とルイズに知らせた。 どうせこれを仕組んだのもロマリアなのだから、聞かれたところで構いやしない。 「何だって!? 俺の偽者を、あいつらが……!?」 スキルニルの仕組みを聞いた才人は、ジュリオのフクロウが自分の頬をかすめたことを 思い出した。 「あの時だな……! くっそ! 分かっちゃいたが、あいつらほんとに手段を問わねぇな……! 油断も隙もねぇ……!」 「ほんとなのね!」 「パムー!」 才人も憤慨していたが、シルフィードとハネジローはそれ以上にカンカンであった。 「おねえさまにこんな汚い手を使って! 絶対に許せないのね!」 「確かに、ロマリアのやり口は本当に卑劣極まりないものだけど……」 ルイズも怒りを覚えながら、タバサのことをじっとにらんだ。 「どうしてロマリアは、才人の姿ならあんたが言うことを聞くと思ったのかしら」 タバサはサッと顔をそらした。ルイズが追及するより早く、タバサは話題をそらした。 「今は、このことはもういい。それより、これからどうするか」 「それだったら、遂に朗報が来たんだよ!」 才人がウキウキしながら言った。 「今朝方に、姫さまがガリアに到着したって報せが届いたんだ。なぁルイズ?」 「ええ。きっと今頃はジョゼフのところに面通りをしてるでしょうね。後は姫さまの交渉が 上手く行くのを祈るばかり……」 とルイズが言った矢先に、窓から差し込んでくる日差しが急に途切れ、部屋の中がやおら 暗くなった。 「ん? 急に暗くなったな。もう夜か?」 そんなまさかな、と才人が自分に突っ込みながら窓の外を覗き込んで、すぐに顔をしかめた。 「何だ、この空模様……。こんな曇り空、見たことないぞ……」 見渡す限りの空が、厚い雲に閉ざされているのだ。急に夜が来たかのように暗くなったのも そのせいだ。しかしあの曇り空は、何かが変だ……。 ルイズたちも奇妙に空を見上げていると、ゼロが叫んだ。 『あれは雲じゃねぇッ!』 「え?」 『あれは……怪獣の群れだッ!』 「!?」 ギョッとする才人たち。才人がゼロの力を借りて遠視すると……雲に見えたものが、体長 六十サントほどもある虫型の怪獣の集まりであることが分かった。 「ほ、本当だ! けどあの量……一体何万、いや何億匹いるんだよ!?」 才人は戦慄していた。普通の虫よりもずっと大きいとはいえ、一匹一匹は一メイルにも 満たないサイズ。それが、広大な空を埋め尽くしているのだ! しかも虫の群れの各部が変形して、虫の塊がいくつも地上へと降ってくる。その塊は形を 変えていき……一つ目の異形の巨大怪獣となってカルカソンヌの中に侵入してきた! 「グギャアーッ! グギャアーッ!」 虫型怪獣の名前はドビシ。それらが融合して巨大怪獣と化したものは、カイザードビシという! カイザードビシの群れの光景に、才人たちはアンリエッタの交渉がどのような結果になったのかを 自ずと察した。 「ジョゼフの野郎……とうとうやりやがったなッ!」 ゼロが懸念した通りに、才人がジョゼフを討ち取らなくてはならない状況となってしまったのだ。 前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔
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前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔 ウルトラマンゼロの使い魔 幕間その九「学院の仲間たち」 岩石怪獣サドラ 登場 王立図書館の幽霊騒動の解決をアンリエッタから頼まれたルイズと才人。何のことはない 事件だろうと思っていたのだが、ルイズが突如として倒れて目を覚まさなくなってしまう! 司書のリーヴルの語ることには、ルイズは自らの完結を望む、魔力を持った『古き本』の中に 精神を捕らわれてしまったというのだ。才人はルイズを救うため、『古き本』の中へ旅立つ ことを決意する。 だが六冊の『古き本』はどれも、ウルトラ戦士の戦いを題材とした作品だった。才人とゼロは 一冊目『甦れ!ウルトラマン』だけでも、その中に現れた怪獣軍団とEXゼットンに大苦戦。辛くも 完結させることは出来たが、ひどく消耗したために連続して本の世界に入り込むことは不可能だった。 才人が身体を休めている間、彼を支援するタバサは一旦魔法学院に戻っていた……。 「な、何だってー!? ルイズがそんなことになっちまったのか!?」 学院の寮塔の、ルイズの部屋。タバサとシルフィードは荷物を取りに来たとともに、ゼロの 秘密を共有する仲間、ウルティメイトフォースゼロの三人とシエスタ、キュルケに、ルイズたちの 身に降りかかっている事態を打ち明けた。 ちゃぶ台を囲みながら大仰に驚いたグレンに、シルフィードが首肯する。 「そうなのね。それでゼロとあの男の子が、本の中に入って『古き本』っていうのを終わらせてる ところなのね」 「ルイズとサイトったら、よくよく厄介事に巻き込まれるわねぇ……」 キュルケが頬に手を当ててため息を吐いた。シエスタはルイズたちの身を案じて目を伏せた。 「ミス・ヴァリエールはもちろんですが、サイトさんも大丈夫なのでしょうか……。『古き本』と いうものを完結させるのは、相当大変なようですし……」 『うむ……どうにか手助けしたいところだが、さすがに本の中の世界では手出しのしようがないぞ……』 参ったようにうなるジャンボット。如何に超人の集まりのウルティメイトフォースゼロと いえども、本の中に入る術は持ち合わせていないのだ。 「ミラーナイト、お前はどうにか出来ねぇのかよ。二次元人とのハーフだろ?」 「残念ながら、無理です。正確には鏡面世界の人間ですので、鏡の中には入れても、さすがに 本の中というのは……」 グレンが聞いたが、ミラーはそう答えたのだった。 「本の中に入る術を扱えるのは、そのリーヴルさんという人のみ。その方が、一人だけしか 本の中へ送れないと言うのでしたら、歯がゆいですが私たちには見守ることしか……」 とミラーが言った時、何かを思案したキュルケが意見した。 「そのリーヴルって人、全面的に信用していいのかしら?」 「どういうことなのね?」 シルフィードが聞き返すと、キュルケは己の考えを口にする。 「だって、始まりはほんの些細な幽霊の目撃談だったんでしょ? それまではたったそれだけの ことだったのに、ルイズたちが図書館を調べ出してからいきなりそんな大事に発展するなんて。 ちょっと話が出来過ぎてるんじゃないかしら?」 『確かに……。事態が急変しすぎてるように思えるな』 ジャンボットが同意を示した。タバサもまた、口には出さないものの内心ではキュルケと 同様の考えと、リーヴルへのかすかな疑念も抱いているのであった。 『古き本』の視点から考慮してみれば、“虚無”の力を持った人間が図書館にやってくると いうことなど事前に分かる訳がないはず。だからそれ以前に違う人間の魔力が狙われても よさそうなものなのに、ルイズが最初の被害者になったというのはただの偶然だろうか。 それにタバサは、才人が一冊目の本を攻略している間、図書館に来館した人たちを当たって 情報収集をしたのだが、誰も図書館で幽霊が目撃されたという話を知らなかった。では、何故 幽霊の目撃談などが王宮に上がったのだろうか? 「……幽霊の件を報告したのも、リーヴルさんという話でしたね……」 ミラーが腕を組んで考え込んだのを見て、ジャンボットが尋ねかける。 『ミラーナイト。お前は一連の事態を、リーヴルという人物が仕組んだものだと考えている のではないか?』 「何!? そいつは本当か!?」 「サイトさんたちは、罠に掛けられたと!?」 グレンとシエスタが過敏に反応したので、ミラーは二人をなだめた。 「落ち着いて下さい、何もそこまで言うつもりはありません。ただ……この一連の事態、 偶然が重なったとするよりは、何者かの意思が働いてると考える方が自然ではないかと いうだけです。今のところ、その候補に挙がるのはリーヴルさんですが、まだ彼女がそう だと決定する明確な根拠もありません」 『要するに、判断材料がまだ足りないということか』 「ええ。……ともかく今は、リーヴルさんの手を借りて本の世界を攻略していく以外に手段は ありませんね」 結論づけたミラーは、タバサに向き直って託した。 「タバサさん、引き続きサイトとゼロを支援してあげて下さい。それと、リーヴルさんは きっと何か、あなた方に話していないことがあると思われます。彼女の動向にも目を光らせて 下さい」 「分かった」 「シルフィたちにお任せなのね!」 「パム!」 タバサたちが返事をした後で、シエスタが名乗り出る。 「わたしも図書館に行きます! わたしはサイトさんの専属メイドです。身の回りのお世話なら わたしの仕事です。それに……ミス・ヴァリエールの介護をする人も必要でしょうし……」 いつもルイズと才人を巡った恋の鞘当てを展開しているシエスタだが、今回は本心でルイズの ことを心配して申し出た。ルイズとは立場を越えた心の友でもあるのだ。 「ではシエスタさんにもお願いします。そして私たちは……」 ミラーが言いかけたところで、ジャンボットが鋭い声を発した。 『ミラーナイト、グレンファイヤー! トリステイン西部の山岳地帯から怪獣の群れが出現し、 人里に接近している! すぐに出動だ!』 「分かりました!」 「よぉっし! すぐに行くぜッ!」 ミラーとグレンはすぐに立ち上がり、姿見の前に並ぶ。二人にシエスタとキュルケが応援した。 「頑張って下さい! このトリステインの人たちのこと、お願いします!」 「ゼロが動けない分も頼んだわね!」 「ええ、お任せを」 「すぐに片をつけてくるぜ!」 ミラーとグレンは姿見から鏡の世界のルートを通り、怪獣出現の現場へと急行していった。 「キョオオオオォォォォ!」 トリステインの山岳地から現れ、人間の村に向かって進行しているのは十数体もの怪獣の群れ。 全身が蛇腹状の身体に、両腕の先はハサミとなっている。岩石怪獣サドラだ。 そのサドラの群れの進行方向に、ミラーナイト、ジャンボット、グレンファイヤーが空から 降り立って立ちはだかった。 『これが私たちの役目。ゼロがルイズを救出している間、私たちでハルケギニアを防衛します!』 『怪獣たちよ、ここから先へは行かせんぞ!』 『どっからでも掛かってこいやぁ! 今日の俺たちは、一段と燃えてるぜぇッ!』 戦意にたぎる三人を前にしてサドラの群れは一瞬ひるんだものの、すぐに彼らに牙を剥いて 突貫していった。 「キョオオオオォォォォ!」 『よし、行くぞッ!』 迫り来る怪獣の群れを、ゼロの仲間たちは勇み立って迎え撃ったのだった。 前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔
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前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔 ウルトラマンゼロの使い魔 第四十八話「潜入者Xを倒せ(後編)」 暗黒星人シャプレー星人 浄化宇宙人キュリア星人 古代暴獣ゴルメデ 友好巨鳥リドリアス 地中怪獣モグルドン 電撃怪獣ボルギルス 核怪獣アルビノ・ギラドラス 登場 「シャプレー星人!」 使用人に化けて公爵家に忍び込み、キュリア星人ことヤマノに濡れ衣を着せようとした星人の名を、 デルフリンガーを抜いた才人が叫び返した。公爵たちメイジも杖を抜き、平民らも身を強張らせて警戒する。 『フッフッフッ……潜入した先に、宇宙人連合に関わりのない異星人がいたから、利用して 混乱を生んだ隙に目的を遂行しようと思ったのだが……ばれてしまったのなら仕方ないな』 シャプレー星人は案の定、宇宙人連合の一員のようだ。ヤプールが送り込んだ刺客か、 ブラック星人のように独自で動いているのかは知らないが、何の関係もないヤマノを、 自分の目的への利用のためだけに貶めようとするとは、何と卑劣な奴。才人は義憤をたぎらせる。 『こうなれば、無理矢理にでも目的を果たさせてもらおう。出てこぉいッ!』 シャプレー星人がひと声叫ぶと、途端にこの場を大きな地揺れが襲った。この揺れ方は、怪獣出現特有のものだ。 「うわッ!」 才人らが思わずよろけていると、やはり近くの森の中から、土を吹き飛ばして巨大怪獣が出現する。 「グウワアアアアアア!」 典型的な恐竜型怪獣で、体色は茶色。頭頂部をリーゼントのような一角が覆っているのが特徴的。 才人は素早く怪獣のデータを端末から引き出す。 「古代暴獣、ゴルメデ……! 凶暴な性質の怪獣だ!」 『地底で眠っていたのを発見し、連れてきたのだ! さぁ暴れろ怪獣! 何もかもを、滅茶苦茶に 踏み潰してしまえ!』 「グウワアアアアアア!」 シャプレー星人の命令に応じるかのように、ゴルメデが地響きを鳴らしながらこちらに接近してくる。 シャプレー星人に直接操られてはいないようだが、元々暴力的な性格の怪獣なので、こんなに近くにいては危険だ。 「むッ、いかん! 皆の者、速やかに退避するのだ!」 「は、はい!」 公爵の指示で、領民たちが一斉にゴルメデから少しでも離れようと逃げていく。その一方で、 『おっと、その娘は置いていってもらおうか! 持って帰らんといかんのでな!』 ゴルメデが起こした混乱のせいでノーマークになっていたシャプレー星人が、ルイズに応急手当てを施し 連れていこうとしたメイド二人の足を、光線銃で撃った。 「あぁッ!」 メイドたちは崩れ落ち、負傷しているルイズも釣られて転倒する。 「わしの娘と使用人に何をするかッ!」 『むッ!』 怒った公爵の魔法弾によって光線銃が弾かれるが、シャプレー星人は代わりにどこからともなく 剣を取り出し、杖を向ける公爵やエレオノールらに飛び掛かる。 「このッ!」 魔法攻撃を放つ公爵たちだが、シャプレー星人の動きは風のように速く、易々と魔法をくぐり抜けると、 エレオノールに肉薄して柄で殴り飛ばした。 「あうッ!」 「エレオノール! おのれ!」 公爵、夫人を目にも留まらぬ動きで撹乱し、倒れたルイズへと接近していく。ルイズは 逃げることが出来ない! 「あぁッ!?」 『娘、一緒に来てもらうぞ!』 「そうはさせるかぁッ!」 ルイズをさらおうと手を伸ばすシャプレー星人に、才人が横から飛び込んでデルフリンガーを振り下ろした。 だがシャプレー星人はすかさず反応し、跳びすさって剣をよけた。 『お前もいたな。では、お前から先に片づけることにしようかッ!』 「そう簡単にやられるかよッ!」 シャプレー星人が剣で応戦してきたので、才人はデルフリンガーを振り回して、ぶつかっていくように 剣戟を繰り広げる。 ガンダールヴの力を引き出し、人間離れした速度と太刀筋を振るう才人。しかし相手は人外。 巨大化する能力は持たないとはいえ、身体能力も剣の腕もガンダールヴの才人と同等であった。 そのため剣の勝負は互角で、ルイズから引き離すので精一杯だった。 「くそ、つえぇ! 太刀筋はワルド並みか、それ以上だ!」 「相棒、ここは娘っ子の家族に援護してもらった方がいいぜ! 時間を掛けすぎると…… いや、もう遅いか……!」 「グウワアアアアアア!」 デルフリンガーの台詞の直後に、ゴルメデの鳴き声がより近い距離から聞こえてきた。 ゴルメデは既に彼らの目と鼻の先。才人たちを有効射程に収めたようで、口から火炎弾を 吐き出そうとしている。公爵たちがおののく。 「まずいッ!」 皆の目がゴルメデに向いているので、ウルトラゼロアイを手に取って変身しようとする才人であったが、 『ふんッ!』 その瞬間にシャプレー星人が口から含み針光線を吐き出し、ゼロアイはそれに弾かれて飛んでいってしまった。 「しまったッ!」 『クハハハッ! そのままゴルメデに焼き尽くされろ!』 ゴルメデは今にも火炎弾を吐き出そうとしている。公爵夫人が杖を振り下ろそうとした、その寸前に、 「ピィ――――――!」 空からリドリアスが駆けつけ、ゴルメデに掴みかかった! 首を上に向けられたゴルメデは、 火炎弾を空の彼方に飛ばした。 「リドリアス!」 『何ッ!? くそ、邪魔が入ったか……!』 才人が驚くと同時に、助かったことに喜び、反対にシャプレー星人は毒づいた。 「ピィ――――――!」 「グウワアアアアアア!」 リドリアスはそのままゴルメデを押し戻すと、手を放してゴルメデの面前に着陸した。 妨害されたゴルメデは怒り猛ってリドリアスに攻撃を振るおうとするも、 「ピュ―――――ウ!」 「グイイイイイイイイ!」 「モグルドン! ボルギルス!」 そこに地中からモグルドンとボルギルスも現れ、三体でゴルメデを取り囲んだ。みんな、 カトレアの危機を察知して助けに来てくれたらしい。 才人はそのままゴルメデを倒してくれるものかと思ったが、事実は違った。リドリアスも、 モグルドンも、ボルギルスも、ゴルメデに向けてしきりに鳴き声を上げる。 「ピィ――――――!」 「ピュ―――――ウ!」 「グイイイイイイイイ!」 「グウ……グウワアアア……!」 するとゴルメデがひるんだように動きを鈍らせた。リドリアスたちは、一体何をやっているのだろうか? 「あれは、まさか……ゴルメデを説得してるのか……?」 リドリアスたちの呼びかけで、ゴルメデが妙に大人しくなったので、才人はそう考えた。 それが正解だというかのように、いつの間にか中庭に姿を現していたカトレアもゴルメデに 向かって歩いていき、声を張って呼びかけた。 「大丈夫よ。わたしたちは、あなたを傷つけたりはしないわ。安心して」 「カ、カトレアお嬢さま!? 危ないですよ!」 泡を食って追いすがるヤマノを手で押し留めて、ゴルメデへの説得を続けるヤマノ。 「あなたは、急に起こされて気が立ってただけなのね。わたしには、分かるわ。感じられるの。 ……でも、いい子だから、お帰り。大丈夫、怖がらないで。わたしたちは何もしないわ。信じて……」 「ピィ――――――!」 「ピュ―――――ウ!」 「グイイイイイイイイ!」 カトレアを応援するように、リドリアスたちもゴルメデに呼びかけ続けた。その結果、 「……グウワアアアアアア」 ゴルメデは腕を下げ、クルリと振り返ってどこかへと立ち去り始めたではないか! 戦意をなくしている。 カトレアは、怪獣の説得に成功したのだ! 「す、すげえ……ルイズのお姉さん……!」 『あ、あぁ……ビックリしたぜ……』 才人のみならず、ゼロも言葉を失っていた。ゼロもルナミラクルになれば、猛る怪獣を 大人しくさせることが出来る。しかしそれは光線の効果によるものだ。カトレアのように、 特別な力を用いず、言葉だけで怪獣を安心させることなど、到底出来ない。 カトレア。まるで、ルナミラクルの力を授けてくれたウルトラマンコスモスのように、 果てなき慈愛にあふれた女性だ。 『宇宙には、こんなすごいことが出来る……いや、こんなすごい人がいるのか……』 今まで色んな種族、色んな力を持った生物を見てきたゼロだが、今この時ほど驚いたことはない。 慈愛の心とは、これほどまでに奥が深いものなのかと、今回ばかりは脱帽する他なかった。 しかし、そんな愛の奇跡を認めない者もいた。 『ええいッ! 何だこれは! とんだ期待外れだ! 所詮は野良怪獣か! 肝心なところで役に立たんッ!』 シャプレー星人だ。ゴルメデが帰っていくのを許さず、怒り狂ってわめいた。 『こうなれば、切り札を出してやる! ギラドラース! ギラドラース!』 「ギギャ――――――アアア!」 その呼び声に呼応して、更に新たな怪獣が、大地を割ってゴルメデの前方から出現した。 四足歩行でありながら体高は高く、ずんぐりとした体型。大きく裂けた口を持つ顔の周りから、 四本の赤い鉱石のような突起が生えている。シャプレー星人の用心棒怪獣ギラドラスだが、 本来黒い体色がこの個体は、雪のように真っ白であった。 「ギギャ――――――アアア!」 「グウワアアアアアア!」 白いギラドラスは口から光球を吐き、何とゴルメデを攻撃し始めた! 不意打ちを食らった ゴルメデが激しく横転する。 「なッ……!?」 「ギギャ――――――アアア!」 絶句する才人たち。それに関わらず、ギラドラスは執拗にゴルメデに光球を撃ち続けて痛めつける。 「ピィ――――――!」 「ピュ―――――ウ!」 「グイイイイイイイイ!」 リドリアスたちが慌てて駆け寄り、倒れたゴルメデをかばってもお構いなし。むしろリドリアスたちも 攻撃し、大地に這いつくばらせた。 「や、やめてッ! こんなひどいことしないで!」 カトレアが叫んで懇願するが、ギラドラスは耳も貸さない。シャプレー星人の生体兵器として 調整された怪獣なので、シャプレー星人の命令しか聞かないのだ。 「おいッ! やめさせろ! 怪獣たちは、俺たちに関係ないだろうが!」 才人がシャプレー星人を糾弾するが、シャプレー星人は冷酷にせせら笑った。 『フハハハハ! 暴れない怪獣など、何の利用価値のない、でかい生ゴミでしかないわ! 処分して何が悪い!』 「何だと……!? この野郎ッ!」 「相棒待てッ! 迂闊に飛び込むな!」 命あるものをゴミ扱いする、一片の良心も持たないシャプレー星人に激怒した才人がしゃにむに 斬りかかろうと飛び掛かるが、シャプレー星人は隠し持っていたもう一丁の光線銃で才人の肩を撃った。 「ぐあッ!」 それにより、デルフリンガーを落としてしまう。万事休すだ。 『馬鹿めッ! 力を持つ者が、力なき者を踏み潰し、淘汰する! それが世界の掟だ! 貴様らみんな、 このシャプレー星人がねじり潰してやるわぁ!』 才人が武器を全て失ったことで、シャプレー星人は早くも勝ったつもりになって豪語した。 そこに、待ったの声を掛ける者が一人。 「力を持つ者が、ですか……。それも真理の一つでしょう。しかし、一つ思い違いをしているのでは ないでしょうか? そこのあなた」 『何ぃ?』 水を差されたように感じ、機嫌を害して振り返るシャプレー星人。今の言葉を発したのは、公爵夫人だ。 「そう、たとえば……力を持つ者が、必ず己だということなどとか。踏み潰される側に回っても、 そのようなことを果たして口に出来るのですか」 『……ふざけたことを。このシャプレー星人を、誰が踏み潰すというのだ? もしかして、 貴様のようなひょろい女ではあるまいな?』 公爵とエレオノールは、何かをひどく怖がるかのように夫人の近くから退散した。しかしシャプレー星人は それに全く構わなかった。どうせ人間と、高をくくっている。 『笑止! 貴様らメイジの戦闘能力は、調べがついている! どいつもこいつも、所詮我々に及ぶものではない! あまりふざけたことを言ってると、その口を切り裂いてやるぞ!』 「わたくしの力が及ぶか及ばぬか……その目で確かめては如何でしょうか」 脅すシャプレー星人を、むしろ挑発する夫人。才人は彼女が正気かと疑った。シャプレー星人の戦闘力が 常人をはるかに超えているのは、ずっと見ていたではないか。 『ほざいたな! 死に瀕してから撤回するんじゃないぞぉッ!』 業を煮やしたシャプレー星人がとうとう、夫人に向かって剣を振り上げ、駆け出していく! 「危ない! 逃げろぉーッ!」 才人の絶叫に反して、夫人は掲げた杖を振り下ろす。立ち向かうつもりだ。 『愚か者めッ! 私の脚力ならば、貴様らメイジの攻撃など、見てからかわすことも余裕だぁッ!』 夫人を嘲笑し、速度を緩めることなく接近していくシャプレー星人。炎か、氷の矢か、 風の刃か、土の槍か、その程度のものが飛び出てくるだろうと考えている。 そして、夫人の魔法が発動した。 『なッ……!?』 飛び出てきたのは……天に届かんばかりの巨大な竜巻だった。予想の全てが外れ、シャプレー星人は 思わず急停止した。 『な、何だこれはぁッ!? こんな攻撃、聞いていないぞぉ!?』 驚愕しているのは、シャプレー星人だけではなかった。才人も、伝説の虚無魔法は別として、 この世界に来て初めてお目に掛かるほどの大規模な攻撃魔法を目の当たりにして、唖然としていた。 アンリエッタとウェールズの水の竜巻すら、これほどのものではなかったはずだ。 「うおぉぉッ!? 吸い込まれる!?」 竜巻は、渦の中心に向かう風を生じる。遠巻きにながめている才人にもその影響が掛かり、 慌てて踏ん張ってデルフリンガーとゼロアイを回収した。 「こいつはスクウェア・スペル、『カッター・トルネード』だな! しかし、とんでもねえ威力だぜ!」 解説するデルフリンガー。才人はルイズのところまで駆け寄り、彼女とメイドたちも吸い込まれないように 押さえながら尋ねかけた。 「ルイズ! お前の母さん、一体何なんだ!?」 常識外の魔法を扱う夫人の正体を、ルイズが話す。 「母さま、カリーヌ・デジレは、先代マンティコア隊隊長“烈風”カリン! トリステイン始まって以来の 風の使い手といわれる、歴戦の戦士だった人よ!」 竜巻は遠くの才人にも影響を及ぼすほどの吸引力。そのため、攻撃対象のシャプレー星人は当然、 その影響をもろに受けていた。剣を地面に突き刺して抵抗するが、その剣ごと吸い込まれそうになっている。 『うおおおあああああああああッ!?』 「さぁ、かわして御覧なさい」 淡々と告げる夫人。その言葉に反して、シャプレー星人は地面から足が離れて、竜巻の中心へと 引き込まれていった。 『うぎゃあぁぁぁぁ――――――――!!』 竜巻は、『カッター』の名に恥じぬ切れ味を見せ、真空がシャプレー星人の肉体をズタズタに切り裂いていった。 シャプレー星人は暴風にもてあそばれながら、断末魔を上げる。 『こんなことがぁ―――――!! ギラドラァース!!』 それを最期に、跡形もなく爆散。同時に竜巻もやんだ。 「ふん。世界を少し見ただけで、全てを知った気になっている、どこにでもいるような愚か者でしたわね」 シャプレー星人を圧倒した夫人は、つまらないことのように言い捨てた。才人は、あまりの急展開に ただただ呆然としている。 「ギギャ――――――アアア!」 だがいつまでも呆けてはいられなかった。シャプレー星人の断末魔によって、ギラドラスが ずっと痛めつけていたリドリアスたちからこちらへと矛先を移し、接近し始めたのだ。 「はッ! あいつを倒さねえと!」 『サイト、変身だぜ!』 誰の視線もこちらに向いていない内に森の中に飛び込んで身を隠し、ゼロアイを装着。 ようやくウルトラマンゼロへの変身を果たし、ギラドラスの前に立ちはだかった。 「デュワッ!」 「ギギャ――――――アアア!」 不意打ちの鉄拳が決まり、ギラドラスは押し戻される。このまま追撃を掛けようとするゼロだが、 それより早くギラドラスが首を大きく揺り動かした。 「ギギャ――――――アアア!」 すると急速に空を厚い黒雲が覆い尽くし、猛吹雪が吹き荒れ出した! ゼロは突風に吹かれて、 バランスを崩した。 『うおッ! 急に天気が……そうか、ギラドラスの能力か!』 父、セブンから聞いたギラドラスの能力を思い出すゼロ。ギラドラスは元々環境制御用の怪獣であり、 天候を自在に操作することこそがその力の本領なのだ。特にウルトラ戦士は低温が弱点なので、吹雪はその身に応える。 『けど、こんぐらいの寒さでへこたれるかってんだ! うおおおおッ!』 ゼロは根性で吹雪を突っ切り、ギラドラスへ肉薄しようとする。が、ギラドラスの攻撃の矛先は ゼロに向いていなかった。 「ギギャ――――――アアア!」 散々打ちのめされて、動けないでいるリドリアスたちに光球を吐こうとしている! 『何ッ!? くそッ!』 ゼロは慌ててリドリアスたちの前に回り、ウルトラゼロディフェンサーを張って盾となった。 しかしギラドラスは絶え間なく光球を吐き続け、その場から動けなくなってしまう。 『ちッ! このまま俺の時間切れまで粘ろうって訳か……!』 毒づくゼロだが、もう罠に嵌まってしまった。このままでは何も出来ずに才人に戻ってしまうが、 命がけで戦ったリドリアスたちを見捨てる訳にはいかない。二律背反に陥り、どうしたらいいかと焦った、その時、 「彼には、我が祖国が何度もお世話になっています。手助けをするのは、貴族として当然のことですわね」 夫人が杖を振るい、再び竜巻を作り出した。ギラドラスの眼前に。 「ギギャ――――――アアア!?」 ギラドラスは突如発生した竜巻に激突して、大きく体勢を崩した! 『マジでッ!?』 仰天するゼロ。夫人の魔法の威力がとにかく桁違いなのは今さっき目にしたが、まさかギラドラスレベルの 巨大怪獣を弾き返すほどだとは。怪獣とは普通、ミサイルが直撃しても平然としているほどの耐久と重量なのに。 本当にあの人、人間なのかよ、なんて思ったりもしたゼロだが、彼女が作ってくれた好機を みすみす逃す手はない。光球が飛んでこない内に、ゼロスラッガーを投擲する。 「ジュワッ!」 ギラドラスの左右から迫ったふた振りのスラッガーが、交差してその首を両断した。ギラドラスの首は たちまち胴体から離れて落下、切り口からは血液の代わりに、緑色が掛かった鉱石が大量にボロボロと 流れ出て、胴体が崩れ落ちた。 ハルケギニアで採掘される風石だ、とゼロは気がついた。高エネルギーを秘めていて、 ジャンボットがエメラル鉱石の代わりにエネルギー源としていた。ギラドラスの本来の任務は、 その風石の盗掘だったのだろう。 「デュワッ」 ともかく、これでシャプレー星人のたくらみは全て粉砕した。ゼロはウルトラ念力で、 集められた黒雲を戻して空を晴れ渡らせると、そのまま飛び立って去っていった。 「うーん……まずいなぁ……」 ゼロから元に戻った才人は、森の木々の陰に隠れながら、中庭の様子を困り果てながら窺っていた。 シャプレー星人を撃退したのはいいのだが、その騒ぎのせいで公爵たちが集まってしまった。 そしてその中にルイズ。もう彼女を連れて逃げ出せる状況ではなくなってしまった。 「シャプレー星人め、余計なことを……」 「相棒、一旦諦めようぜ。こうなった以上、ほとぼりが冷めてから、娘っ子を奪取する計画をだな……」 嘆息する才人に、デルフリンガーが提案する。と、その時、才人の頭に影が覆い被さる。 「え?」 「ピィ――――――!」 ふと顔を上げたら、いつの間にか復活したリドリアスの首が頭上を覆っていた。 「えぇぇー!?」 「ピィ――――――!」 リドリアスは才人に有無を言わせず、パーカーの襟をクチバシではっしとつまんだ。そして器用に 自分の首の上に放り上げて乗せると、中庭にも首を突っ込む。 「うわぁぁぁ!?」 「リドリアス!?」 皆が驚いている間に、ルイズも素早く首の上に乗せる。ルイズをキャッチする才人。 「ル、ルイズ!?」 「サイト! これどうなってるの!?」 「リドリアスに聞いてくれ!」 「ピィ――――――!」 公爵たちが呆気にとられている内に、リドリアスがピョンピョン飛び跳ねながら移動。 街道で待っていたシエスタを、馬車ごと自身の上に乗せた。 「きゃあ! きゃあきゃあ! サイトさん、これ何でしょうか!? わたしたち、どうなっちゃうんですか!?」 「だから、リドリアスに聞いてくれよ!」 「ピィ――――――!」 三人を乗せたリドリアスは直ちに翼を広げて、天高くに飛び上がった。そして飛んでいく先は、魔法学院の方角。 「こいつ、まさか……俺たちを逃がしてくれるのか?」 才人の問いには答えず、リドリアスはひたすら空を走っていく。一方で地上は、大騒ぎ。 「あああぁぁぁ! ルイズが行ってしまう!」 「やられてしまいましたね……」 出し抜かれた公爵は頭を抱えて叫び、夫人も頭が痛そうに手で支えた。エレオノールはカトレアを問い詰める。 「カトレア、あなた! リドリアスに命令したんでしょう! そうでしょう!?」 「あらあら、姉さまったら嫌ですわ。リドリアスはあの子たちに大層懐いてた、それだけのことです」 カトレアはうふふと微笑んでさらりとかわした。ヤマノは、どちらの味方をしたらいいのかとうろたえている。 「誰か! あれを追いかけろ! ジェローム、すぐ手配を!」 「無理です、旦那さま。とても追いつけません」 わめく公爵に、さっさと諦めた執事が答える。それを尻目に、リドリアスはもう小さくなっていた。 「ピュ―――――ウ!」 「グイイイイイイイイ!」 モグルドンとボルギルスが、友の逃走劇の手助けを、はしゃぎながら応援していた。 こうして見事(?)に公爵領から脱出、逃走を成功させたルイズたち。学院に帰った頃には、 才人とルイズの仲は、才人が想いを打ち明けたことで深まり、両想いに……。 ……なんてことには、シエスタが余計な茶々を入れたことでルイズが嫉妬を爆発させ、 その結果うやむやになるという、まぁ要するにいつもの展開によってならなかった。 しかしそれは、別の話なのであった。 「ふふ。リドリアス、よくやってくれたわね。いい子よ」 「ピィ――――――」 全てが終結し、公爵が憮然としながらもルイズの件を諦め、屋敷にひとまずの落ち着きが戻った頃、 ルイズたちを送り届けて帰ってきたリドリアスをカトレアが褒めていた。彼女が首を撫でると、 リドリアスは気持ちよさそうに喉をゴロゴロ鳴らした。 「……それで、ヤマノ先生、お話しがあるなら出てきて下さい」 「気がついてましたか、お嬢さま……」 背後に振り返ったカトレアが呼びかけると、樹の陰からヤマノがそっと姿を出した。その顔は困惑で 強張っているが、カトレアは反対ににこにこしている。 「ふふッ。お話しの内容はきっと、先生の素性をわたしが気づいてたことについてですね。父さまから聞き及んでます」 「……そのことですが」 ヤマノは恐る恐ると、カトレアに尋ねかける。 「お嬢さまは、私が人間ではない、別の世界の人間だと分かって……私のことが恐ろしくないのですか? この世界は、私のような異星人……別の世界の者たちの攻撃を受け続けているではないですか。 それと同じ私を、どうして……」 侵略者の脅威と残酷さは、シャプレー星人が十分すぎるくらい見せつけた。それなのに、 カトレアにはヤマノを恐れ、避ける気配がない。その家族たちもだ。 そのことについて、カトレアはこう語った。 「わたしや父さま、母さまは、人を人種ではなく個人で見るようにしてますわ。エレオノール姉さまは、 ちょっと偏見が強いけれど……父さまたちの決定に逆らうことはしませんもの。だから、わたしの病を 必死に治してくれようとしてる先生を追い出すような真似は、致しませんわ」 「し、しかし……」 カトレアたちの心優しさに、逆に戸惑うヤマノ。そんな彼に、カトレアは天使のような柔らかな笑みを向けた。 「先生、同じ別の世界の人が悪いことをしたからと、先生が気に病まれないで下さい。先生は、 わたしたちの大事な人……それでいいではないですか」 カトレアに全幅の信頼を寄せられ、受け入れられたヤマノは、すっかりと呆けていた。 そして無意識の内に、頭を垂れていた。 「……ありがとうございます」 お礼を告げたヤマノの前で、カトレアは朗らかな笑顔を浮かべ続けていた。 前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔
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唯「ずっと一緒」 唯「憂・・・心配しないでね」※唯「ずっと一緒」の3年後の話。 澪「唯の5周忌か・・・」 唯「あれ?私は・・・」 唯「ある休みの日」 唯憂「この夏の思い出」 律「お前を放っておけないんだよ」唯「・・・」 梓「唯先輩の消失」※ハルヒの消失の世界観を元に作りました。 唯「一人忘れてるような・・・」 唯「突撃!となりのあずにゃん」 唯「見せたかった景色」 唯「HTTの危機」 唯「ささいなことで」 律「ささいなことで」 ※ここにあるSSの感想は下のコメント欄にてお願いします。 素晴らしい限りです! まだ二作しか読んでませんがどちらも素敵なSSでした! -- マリオさま (2013-01-11 12 53 04) 名前 コメント
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前ページ次ページ鷲と虚無 才人は内心ひどく狼狽していた。なにせ、女の子に目の前で泣かれると言う事自体が始めてなのだ。 だが、対照的にウォレヌスとはプッロは落ち着いている。 「いったいありゃなんだったんでしょうね?」 「見ての通りだろうな……あの娘はそうとうな癇癪持ちだって事だ」 両方とも大して気に留めていないようだ。そんな二人を見ながら、才人は迷った。 果たして彼女を追いかけるべきかどうか。 「どうしましょう?あいつを追いかけた方がいいと思います?」 プッロは肩をすくめて見せる。 「やめといた方がいいぞ?あんな状態の奴に何を言っても逆ギレされるだけだ。放っとけ」 二人の冷たい態度には少し不快感を感じるが、確かに今はそっとしておいた方がいいかも知れない。 「じゃあこれからどうします?あいつはいなくなっちゃったし、このゴミを片付けますか?」 「別にいいだろ、そんな事しなくても。放っておこう」 プッロの言葉に、ウォレヌスが異議を唱えた。 「その気持ちは私も同じだが、した方がいい。命じられた仕事を片付けなければ学院側の印象が悪くなるし、第一あとであの娘のやかましい小言を聞かずにすむ」 「は~、じゃあ仕方ありませんね。とっとと終わらせましょう」 プッロは余りやる気の無さそうな声で言った。 三人は掃除を始め、黙々と作業を進める。その間、才人はルイズの事を考えていた。 プッロは追いかけない方がいいと言ってたが、もしかしたらそれは間違いだったかもしれない。 (あの時無理やりにでも追いかけて何か励ましの言葉をかけた方が良かったんじゃないか?) 明らかに彼女は追い詰められている。このまま放っておいても良い事があるとは思えない。そう思った時、プッロが口を開いた。 「ところで俺には未だにわからない事があるんですが」 「なんだ?」 「あいつのあだ名の意味ですよ。魔法がいつも失敗するって事と関係あるからついたあだ名ってのは解りますが、ゼロって言う言葉は聞いた事が無い。隊長は知ってますか?」 ウォレヌスは首を振った。 「いや、私も聞いた事が無い」 ゼロを聞いた事が無い?一体どう言う意味なのか、才人には解りかねた。 「いや、単に魔法の成功率がゼロって意味だって思いますけど」 「だからゼロって言葉がどういう意味なのか解らないんだよ」 才人はとまどった。ゼロと言う言葉の意味が解らない?いったいどう言う事だ?まず初めに、才人は翻訳の間違いを疑った。 コルベールによればこの左手のルーンのおかげでハルケギニア語やラテン語が日本語に聞こえるらしいが、もしかしたらそれが何か誤作動の様な物を起こしたのかもしれない。 だが、そのあと少しの間一方通行な会話をしてようやく才人は気づいた。この二人は「ゼロ」と言う概念が存在しないのだ。 そして才人はゼロと言う物について説明しようとしたのだが、どうもうまく解って貰えない。 「……だからゼロってのは要するに何も無いって言う意味の数字なんですよ。無を表してるんです」 もう既に何回か同じような事を言ったのだが、プッロはおろかウォレヌスまでが理解を拒む。 それどころか説明しようとしている内に、自分でも言っている事がよく解らなくなってくる始末だ。 「それが理解できん。存在しない物がいったいどうやって存在できるんだ?」 「え~と、だからそれは……」 そこにプッロが割り込み、うんざりした様に言った。 「もういい、この話を聞いてたら頭が痛くなってきた。とにかくゼロのルイズってのは魔法が必ず失敗するからついた名前なんだろ?それだけ解りゃ十分だ」 ウォレヌスも同意したのか、この話は打ち切った。 (助かった……) 元々数学なんて得意じゃない。あれ以上細かく聞かれたら答えられなかっただろう。 ゼロという概念が存在しないと言うのも不思議な話だ。色々と不便そうなのに。 それにしても“ゼロのルイズ”がゼロの概念の無い人間を使い魔にすると言うのも、考えてみれば皮肉な事だな、と才人は思った。 ゼロの次は魔法に話題が移ったようだ。 「あの錬金って奴、ふざけてると思いません?」 「ああ、全くだ。遠くの人間を瞬時に移動させたり、物を宙に浮かばせるだけでなく、物質を一瞬で完全な別物にするだと?我々にそんな力があれば軍事が様変わりするぞ」 軍事が様変わり?いったいどう言う事だろう。錬金がどう軍隊に関係あるのか、才人には解らなかった。 「それってどう言う意味でしょうか?」 「その辺の石ころをどんな物質にでも変えられるなら、いちいち鉄鉱石を採掘しなくても簡単に鉄が手に入る。そうなれば今までより遥かに早く武具を揃える事が出来ると言う事だ」 なるほど、確かに軍隊を簡単に装備できると言うのは重要な事かもしれない。 (じいちゃんも日本は補給を軽視したから負けたって言ってたし) だが解せない事に、なぜかウォレヌスの顔には不快と苛立ちが浮かんでいる。 だがその事について聞ける前に、プッロが話しを進めてしまった。 「正直言って、かなり罰当たりな気がするんですがねえ、こいつらのやってる事って。あんな神みたいな力を使って、ここの神々はお怒りにならないんでしょうか?」 「連中の様子を見る限りじゃ魔法はここじゃごく普通の事のようだ。つまりここの神々も認めているって事だろう。おまけにあの授業を聞く限りじゃまだまだ我々の知らない魔法が沢山あるようだ」 そう言った後に、ウォレヌスはクソッと吐き捨てた。 「あの娘が魔法を使えないのは良い事かもしれませんねえ。あの性格で魔法も使えるとなっちゃ、おっかなくてしょうがないですよ」 「あの爆発も十分おっかない気もするがな。あんな物を戦列の中央で炸裂させてみろ。どんな事になるやら想像もつかん」 軍人であるせいかもしれないが、さっきの話といいこの人たちはよく軍隊に話を繋げるな、と才人は思った。 「戦列か……もう一日になりますが、俺たちが戦いの途中に突然いなくなった事……軍団の連中はどう考えてるんでしょう?」 少し考えてから、ウォレヌスは言った。 「あれだけの人間がいたんだ、我々があの鏡に吸い込まれるのは誰かが見ている筈だ。少なくとも脱走兵として扱われる事は無いだろう」 「そう願いたいもんですねぇ。でも、それなら俺たちゃいったいどう言う扱いになるんでしょう?戦死ですか?」 「さあな。行方不明か、下手をすれば神々にどこかに連れ去られた、と噂されてるかもしれん」 今まで忘れていたが、思い出した。この二人は戦いの真っ最中に召喚されたんだった。 自分と違って、彼らは戦場で生きるか死ぬかと言う時に突然異世界に連れ去られた。そしてウォレヌスはたしか隊長だと言っていた筈。 戦いの真っ最中に指揮官がいなくなれば、配下の兵士達が大きく混乱するのは素人にも解る事だ。もしそれが原因で部隊が全滅でもしたら…… 「あなた達が召喚された後、戦いはどうなったと思います?勝てたと思いますか?」 才人は好奇心にかられてつい聞いてしまったが、その後にしまった、と思った。 こんな事は聞くべきじゃない。もしかしたら一番気にしてる事もしれないのに。 だが予想とは裏腹に、ウォレヌスもプッロも特に気分を害した様子は無かった。 「戦いは長引いたとしても昨日の夜には終わっている。なら我が軍は今頃タプススの包囲を再開している筈だ。まあ、救援が敗れたのだから連中もすぐに降伏するだろう」 「ってことは俺達は戦利品をみすみす見逃した、って事にもなりますねえ。全くもったいない」 そう言ってプッロは悔しそうに舌打をした。どうやら二人はいささかも自分たちの勝利を疑っていないようだ。 その事に再び好奇心を抱いた才人はさき程までの躊躇を忘れ、質問を重ねた。 「あの、怖くないんですか?例えば自分達がいなくなったら負けるかもしれないとか……」 「大隊長が戦死したり負傷した場合は下位の百人隊長が指揮を引き継ぐ事になっている。多少の混乱はあるだろうが、それだけで壊走する様な事はない。そもそも戦いの大勢は既に決まっていた」 「それにあの程度の戦い、なんでもねえさ。第十三軍団は今までにずっと酷い修羅場を潜って来たんだ」 二人の自信にはいささかの揺らぎも見られない。彼らが第十三軍団と言う物に強い信頼を持っているのは明らかなようだ。 だがこの二人はいったいどう言う立場なんだろう?ウォレヌスは確か大隊長と言っていたから、ただの兵士ではなさそうだ。 「大隊、って言うのはどれ位の人がいるんです?ウォレヌスさんはそれの指揮官なんですか?」 「そうだ。そしてこいつは私の副官をしている。兵の数は、定員は四八〇名だが今は三百名程度だな」 ウォレヌスはあっさりと言ってのけたが、要するに彼は三百人もの人を戦場で指揮しすると言う責任を負っている。 しかも自分がミスを犯せば彼らは死んでしまう。いわば、彼らの命を預かるも同然だ。それがどの様な重圧なのか、才人には全く想像がつかない、いや出来ない。 そしてその様な責任を持っているのに、指揮官である自分達がいなくなってもこの二人は全く心配をしていない。 それと合わせて彼らの表情を見れば、この二人が第十三軍団と言う物に絶大な信頼を持っている事は簡単に解った。 だが才人にはその事がよく理解出来ない。自分が何かにそんなに強い信頼を持った事など、果たして今までに一度でもあっただろうか? これが兵隊と言う物なのだろうか。よく考えれば、兵隊と話をしたのなんてこれが生まれて初めてだ。 祖父も戦争に行ったが、あれはもう何十年も前の話だし。 昨日も今日も、ずいぶんと“生まれて初めて”が多いな、と才人は思う。 生まれて初めてキスをされ、生まれて始めて喉に剣を突きつけられ、生まれて初めて洗濯をし、生まれて始めて信仰心を持っている人を見て、そして生まれて初めて女の子が泣くのを見た。 しかもこんな世界なのだ、これからも“生まれて初めて”は増えるんだろう。それにしてもルイズは今頃何をしているんだろうか。 やがて掃除が終わった。ウォレヌスが回りを見渡して言う。 「まあ、こんな所で十分だろう」 「これからどうします?もう昼食の時間だと思いますけど」 「では厨房にもう一度行くか。マルトーが昼食は用意してくれると言っていたしな」 二人はそう言って教室から出ようとするが、才人はやはりルイズが心配になっていた。 (あれからしばらく経つけど、あいつ大丈夫なんだろうか) このまま放っておく事はもう出来ない。何かしなければ。才人はそう思った。 「俺、ちょっと心配なんでルイズを探してきます。お二人は先に行っててください」 「なんでだ?放っときゃいいだろ、あんなの」 「時間の無駄だと思うぞ。どこにいるのかも解らんしな」 やはり二人のルイズに対する態度は冷たい。だが引き下がるつもりなんてない。 「でもこのままじゃかわいそうだと思いませんか?あいつ、泣いてたんですよ?」 「だからどうした。自分の無能さと、私達をこき使えない事に癇癪を起こしただけだ。同情する必要なんてない」 「ま、確かに見ていて痛々しい感じはしたがな、いちいち慰めに行く気にはなぁ」 ある意味、彼らの態度は理解出来る。自分とは違い、戦場で大勢の人間を預かると言う立場と責任がありながら、それを突然に奪われてしまったのだ。 その原因である人間を心配するのは難しい事だろう。だがそれでも才人は二人に苛立ちを覚えてしまう。彼らは少しもルイズが可哀想だとは思わないのだろうか? 彼女は恐らくいじめを受けている。そして非はあちらにもあるとはいえ、自分達の言葉が彼女を泣かしてしまったのも事実。それを捨て置く事は出来ない。 「……解りました。それでも俺は行きます。放っておけませんから」 ウォレヌスもプッロも、呆れたようだった。 「まあ、本当に行きたいんなら別に止めはせん」 「戻ってきたいときは、昼飯の後も厨房のあたりをブラブラしてるだろうからそこに来いよ」 だが彼らが呆れていようと無かろうと、自分を止める気が無いのなら関係無い。 才人は解りましたと言って教室を後にし、ルイズを探し始めた。 その後、しばらくの間才人は当てもなく学院中を探した。 だが元々迷いやすい構造の上、手がかりも無い。 だから当然と言えば当然だが、ルイズは影も形も見当たらなかった。おまけに腹も減ってきた。 (はぁ~、一体どこ行ったんだよ、あいつ。だいたいなんなんだよ、この学校は。似た様な場所が多すぎるぜ) 遠くからガヤガヤと話し声が聞こえる。 何事かと思って声の方にいくと、中庭に出た。 多くの生徒達がテーブルに座って、紅茶やらケーキやらを食べている。 昼食後のティータイムといった所だろうか。もしかしたらここにルイズがいるのかもしれない。 才人はそう考え、そっちの方に進んだ。すると奇妙な光景が目に入った。 お菓子が乗ったトレイを運んでるメイドの中に、なぜかシエスタとプッロがいる。 プッロがトレイを運び、シエスタはケーキをはさみでつまんで貴族達に出している。 プッロの様な強面の男がお菓子を運ぶのは場違いに見え、滑稽に感じられた。 シエスタはともかく、なぜプッロがここにいるのか不思議に思った才人は二人に声をかけた。 「シエスタにプッロさん。どうしたんですか?こんな所で」 シエスタは振り返り、笑顔で返した。 「サイトさんこんにちは。プッロさんにはちょっとデザートを運ぶのを手伝ってもらってるんです」 「ああ、タダ飯を食うってのも何だか気分が悪いんでな、マルトーに何か手伝える事が無いかと聞いてみたわけだ」 なるほど、それでシエスタを手伝っているわけか。 「そうなんですか。じゃあウォレヌスさんは?」 「あいつは厨房に残ってるよ。こう言う事は性にあわないそうでな、野菜の皮をむいてる。元々手先は器用な方なんだよ、あいつ」 それは才人にも解った。あの人がトレイを持ってお菓子をテーブルに並べるなんてちょっと想像出来ない。 確か一人でジャガイモの皮でもむいてる方が似合っている。 「おっ、そうだ。ルイズの事だが、ここにいるのは知ってるのか?」 プッロは突然そう言うと、アゴをしゃくった。 その方向を見ると確かにルイズがいた。あの桃色がかった金髪は間違いなく彼女だ。 やっと見つけられた。彼女は一人離れた場所に座っていて何かを食べている。早く行かなければ。 「い、いえ知りませんでした。ちょっと行ってきます。それじゃ」 才人はそう言うと、ルイズに向かって駆け出した。 正直に言えば、最初はあのまま部屋に閉じ篭ろうとも思った。子供の頃、嫌な事があるとすぐにあの小船に逃げ出していたように。 だがそうしたら、どう考えてもみんなは自信満々に挑戦したのに失敗したのが悔しくて逃げたんだと思われるだけ。そして彼らはますます自分を笑うだろう。 ますます泥沼にはまるだけだ。逃げるのはプライドが許さない。そう思って、お茶の時間にも顔を出した。でも彼らの私を嘲る様な視線に耐えられなかった。 「さっさと学院から出て行け」 彼らは明らかにそう言おうとしている。自分が公爵の娘だから面と向かって言うのをためらっているだけだ。 だからこうして一人でクックベリーパイを頬張っている。だが大好物の筈のそのパイも、今は何の味も感じられない。 結局、いつもの様に自分は魔法を失敗させた。私はゼロのままだった。じゃあ昨日のサモン・サーヴァントはなんだったんだろう? どうせあれも失敗の一種なんだろう。あんなに主人に反抗する使い魔なんて聞いた事も無いし、そもそも人間が召還される事自体がおかしいんだから。 ぬか喜びしたのがバカのようだ。自分はしょせんクズのままだった。魔法が使えないと知った時の、使い魔達の反応は至極当然の物だろう。 貴族なのに魔法が使えないなんて、バカにされて当然なんだ。 自分はこれからどうすればいいのだろう。 学院を辞めて実家に戻る?そんな事をして何になるのだろう。家のお荷物になるだけだ。 このまま学院で勉学を続ける?あんな野蛮人どもを抱えたまま?それに進級は出来ても、魔法が使えないんじゃ何の意味も無い。単に他の生徒のお荷物になるだけだ。 八方塞だ。もうどうしようもない。そう思うと、また涙が浮き出てきた。 「おい」 突然聞こえた声に振り向く。 それはサイトだった。一体何の用だろう。わざわざ私を笑いにきたのだろうか? 「……何?私を笑いに来たの?」 「ちょっとな、謝りに来たんだ」 「……謝る?」 謝る、だと?これは完全に予想外だった。 あっけに取られたルイズに向けてサイトは語り始めた。 「今朝はちょっとやりすぎた。お前の事情なんて知らなかったんだよ。お前、他のクラスメートからいじめられてるんだろ?授業を見ていてなんとなく解ったよ」 ……いきなりこいつは何を言い出すのだろう。それに随分と馴れ馴れしい。 「……それがあんたに何の関係があるのよ。馴れ馴れしいわ」 「俺はお前の使い魔なんだろ?なら主人の抱えてる問題は関係あるんじゃないか?」 グ、とルイズは言葉につまった。確かにその通りとしか言い様がない。 そして才人は懐から杖を取り出した。見まちがえ様も無い、自分の杖だ。 「これが無いと魔法は使えないんだろ?持ってきてやったぞ」 ルイズは杖を見て自分が何も変わっていなかったのを思い出し、胸にチクリと痛みを感じた。 「そんな物、私に何の意味があるのよ……私は元々魔法なんて使えないの。だから意味なんて無いわ。まあ、元々使い魔に杖を奪われる様な体たらくじゃ魔法が使えても無駄かもね」 驚いた事に、こいつは私は慰めているらしい。だがそんな事はどうでもいいのだ。 幾ら慰めを受けようと、自分がゼロのままなのには何の変わりも無い。 だがルイズの思いなど知らない才人は、無責任な励ましを繰り返す。 「なあ、そう落ち込むなよ。魔法が使えないってのは辛い事なのは解るけどよ、頑張ってりゃいつかはなんとかなるって」 ルイズは自分の心に、黒い怒りが沸々とわきあがって来るのを感じた。 頑張る……だと?私の事なんて何も知らない癖に、何とかなるなんていうな。 ふざけるな。私が今までどれ程“頑張って”来たかも知らない癖に。 今朝、プッロに杖を返した貰った時、よっぽど約束を奪って何か魔法をかけてやろうと思った。 でも、幾ら無礼な野蛮人が相手とはいえ一度結んだ約束をその場で破るなんて貴族の風上にも置けない卑怯者のする事だ。 それに自分はもうゼロではないと言う喜びもあった。あいつらの態度には本当に辟易したけど、それでも自分の実力を見せていけば徐々に見直していくだろう、何とかそう思い込んだ。 でも結果があれ。いつも同じ大爆発。自分は何も変わっていなかった。自分はゼロのまま、失敗で呼び出した使い魔は野蛮人が三人。これで何を頑張れって言うのだ? 「……軽々しく言わないで」 「え?」 「軽々しく言わないで。頑張る?私が一体どれだけ努力してきたか知りもしないのに良くそんな事が言えるわね?そもそもこれ以上何を頑張るって言うのよ!?」 ルイズの激しい反応に、才人は明らかに狼狽した。 「た、確かに俺はお前がどんな努力をしたかなんて知らねえよ。でも頑張っていつかあいつらを見返して――」 ルイズは激情のおもむくまま、叫んだ。 「気安く言わないで!だいたい何なの、さっきから偉そうに説教なんかして!私に哀れみでもかけてるつもり?笑わせるわ。平民如きに同情されるなんて願い下げよ! まったく、なんであんた達みたいなのが召還されちゃったの?あんた達に比べればカエルやヘビの方が億倍マシだったわ!もういいからあっちに行ってて!」 才人は息苦しそうな、なんとも言えない表情になり、「……ああ解ったよ。すまなかったな」と言ってノロノロと去っていく。 サイトが去るのを見届けると、ルイズはテーブルの上に突っ伏した。 (……何やってんだろう、私) あいつは確かに私を心配してくれた。例えがそれがガサツで無責任な応援だとしてもだ。 でも私はそれを突っぱね、追い返した。これではますます孤立するだけじゃないか。 (ああ、一体どうしろっていうのよ、もう) プッロはシエスタがケーキを並べにいなくなったのを確認してから、トレイからケーキを一つ取った。 これだけあるのだから一つ位無くなっても気づかれないだろう。役得と言う奴だ。シエスタの手伝いを買って出たのも半分はこれが目的だ。 (ルキウスの奴も、こっちに来ときゃ良かったのにな。まあ、ここにいたとしてもつまみ食いなんてする奴じゃないんだろうが) プッロはそんな事を考えながらケーキを口の中に放り込み、咀嚼し始める。 (……!?なんだこの味は?) 甘い。とても甘い。だがとても美味い。今までに一度も味わった事の無い味だ。 それは当然だろう、プッロは今までに砂糖と言う物を口にした事が無いのだから。 ローマ人にとって、甘い物と言えば果物と蜂蜜だった。砂糖がヨーロッパに持ち込まれるのは中世になるまで待たねばならない。 ローマ人、いやヨーロッパ人として初めて砂糖を食した人間になったプッロだったが、当人はその事には全く気づいていない。 気づいたのはこのケーキが単に“甘くて美味い”という事である。 (クソ、もっとこいつを食べたいが今は我慢しとこう。この国、食い物は相当美味いみたいだな。フォルチュナに感謝!) ケーキを味わっていると、何か叫び声が聞こえてきた。 声が来た方向を見ると、なにやら人垣が出来ている。 気になったプッロは口の中のケーキをゴクンと飲み込み、そこに向かう。 人垣を掻き分け、顔を突き出した。すると、栗色の髪の少女が、フリルのついた服に薔薇を指したふざけた格好の少年をひっぱたいているではないか。 「その香水が何よりの証拠ですわ!さようなら!」 少女はそう言うと、涙を浮かべながら走り去った。 一体なんなんだこれは。そう思って少年の方を見ていると、隣にサイトがいるのに気づく。 ルイズと話をしにいった筈だが、もう終わったのだろうか。 次は金髪の巻き毛が特徴的な、女の子が少年に歩み寄った。怒りの形相をしている。 「ギーシュ、やっぱりあの一年生に手を出していたのね?」 ギーシュと呼ばれた少年はなにやら必死に謝り始めたが、その女の子は彼を完全に無視しワインを頭からぶっ掛ける。 そして彼女は「うそつき!」と怒鳴って茶髪の女の子と同じく走り去っていった。 状況から見て痴話喧嘩か何かかだろうか? (それにしても見事な振られっぷりだな。喜劇にもそのままだせそうなくらい) ギーシュはハンカチを取り出し、ワインを拭うと芝居がかった仕草で言った。 「やれやれ、どうもあの二人は薔薇の価値を理解していないようだ」 いったいなんなんだこのバカは。自分を薔薇に例えるのがこの上なく恥ずかしい上に、服装も他の連中に輪をかけてアホ臭い。 サイトも同じ考えだったのだろうか、彼を無視してスタスタと歩き出した。だがギーシュはサイトを呼び止めた。 「君ぃ、どこへ行こうと言うのかね?君が軽率にあの瓶を拾ったおかげで二人のレディの名誉が傷ついたじゃないか。一体どうしてくれるんだ?」 「そんな事知るか!そもそも二股をかけたお前のせいだろ!」 他の貴族達がサイトの声に歓声を上げる。 「そうだぞ、ギーシュ!お前の方が悪い!」 ギーシュは狼狽しつつも、キザったらしく手を額に当てて答えた。 「ふ、二股だと?君は何も解っていない様だね。いいかね、薔薇とはその美しさを皆に平等に与えなければいけないのだよ。断じて二股などではない。とにかくだ、僕は最初あの瓶の事を知らないふりをしたのだから、それを無視する機転くらいは聞かせても良かっただろう?」 「見られて困る物なら、いちいち持ち歩くんじゃねえよ。バカかお前?」 サイトの返答にはトゲがある。どうやら彼は機嫌が悪いようだ。 恐らくはルイズと揉めたのだろう、とプッロは予想した。まあ、揉めない方が驚きだったが。 それにしても状況がいまいち掴めない。あのギーシュとか言うガキが二股をかけたのがバレたのは確実なようだが、なぜサイトが巻き込まれているのだろう。 直接聞いてみよう、とプッロは前に進み出た。 「おい、一体どうした?なんでこいつと揉めてんだ?」 「……プッロさんか。ちょっとこいつがわけの解らないイチャモンをつけてきましてね」 サイトは苦々しげにはき捨てた。 「い、一体何だね給仕君。関係無いのなら――」 ギーシュはそこで一旦区切り、サイトとプッロをマジマジと見つめる。 「おや、良く見れば君はゼロのルイズが召還した使い魔だったね。よく見ればそっちの方もそうか。なんで給仕の真似事をしているのかは知らないが、同じ使い魔を庇いに来たわけか。泣かせるね」 いや、かばうも何も何が起こっているか解らないからここに来たのだが。 「いやあ、庇うもクソもなんでお前がこいつに絡んでるのかが解らないんだよ。お前さんが物の見事に振られる所は見たんだが、それがなんでこいつと口論になってんだ?」 ギーシュが口を開く前に、サイトが解説を始めた。 「オレにもよく解らないんですけどね、こいつのポケットから香水か何かの瓶が落ちたんですよ。それを拾って返そうとしたらなぜかこいつが二股かけてたって事がバレちゃったようです」 「なーるほど、それで恥ずかしいから誤魔化そうとしてる訳か」 これで話は解った。それにしても女二人を物にする甲斐性も無い上に、その責任を他人に押し付けようとするとはずいぶんと情けない男だ。 「事実を歪曲するのが得意みたいだね、君たちは?まあ、たかが平民、それもゼロのルイズの使い魔に機転なんかを期待した僕が浅はかだったと言うわけか」 そう言ってギーシュは髪をきざったらしく掻きあげた。 「もう良い、さっさと行きたまえ」 だがサイトは立ち去らなかった。 「うるせえんだよ、キザ野郎。一生薔薇でもしゃぶってろ。その格好、かっこいいとでも思ってんのか?はっきり言うがよ、センスゼロだぜ。おまけに自分が二股をかけていたのを棚に上げやがって、腑抜け野郎が」 サイトは吐き捨てるように言った。その言葉には明らかに強い苛立ちが含まれている。 (おうおう、中々言うねえ) これにはギーシュとやらも黙っていないだろう。ヤバい事になるかもしれないぞ、とプッロは思った。 ギーシュの顔が赤く染まる。どうやら相当カチンと来たらしい。 「平民如きがこの僕を腑抜けだと!」 「腑抜けじゃないなら腰抜けか?大体なんなんだよ、ゼロのルイズって。魔法が使えるのがそんなに偉いのか?アホが」 サイトは怒りを込めて言う。 「薔薇はその美しさを皆に平等に与える、だと?じゃあルイズはどうなんだ?なんであいつは一人で隅っこに座ってるんだ?お前だって今日クラスであいつをバカにしてた奴らの一人なんだろ?笑わせるなよ、エセ紳士が」 ギーシュはバン、とテーブルを拳で叩き付けた。その顔はトマトの様に真っ赤になっている。 (ちょっと言い過ぎたかもしれねえな。完全にキレたぞ、ありゃ) なぜ才人があんなにルイズに肩入れしているのかは解らないが、どちらにしても、ひとまず止めに入った方がいいかもしれない。 「おい坊主、ちょっとそれ位にした方がいい――」 だがもう遅かったようだ。ギーシュはプッロをさえぎり、ワナワナと震える声で叫んだ。 「た、たかが平民がよくもまあ、こ、この僕を、グラモン元帥の子息であるこの僕にそこまで暴言を吐けた物だ……どうやら君には礼儀を叩き込まなければならんようだな」 「礼儀だ?一体どうしようってんだ?」 ギーシュは指を空に向けた。これほど怒りを覚えてもそのキザな仕草は忘れない事に、プッロは関心した。 「決闘だ!ヴェストリの広場へ来たまえ。そこで君たちにたっぷりと礼儀を教えてやる!」 才人は吼える様に言い返す。 「はっ、面白え。ぶっ飛ばしてやるよ」 「ちょっと待て。君たち、って俺もかよ?」 ガキの喧嘩に何で俺が巻きこまれにゃならんのだ。 「当然だ!なんならもう一人の方も連れてきて構わないぞ?ゼロのルイズの使い魔全員に貴族に対する礼儀と言う物を教えてやる!」 そう言うと、ギーシュは体を翻して去っていった。 野次馬も騒然となりつつその場から散っていく。 厄介な事になったな、プッロは思った。彼の脳裏には昨日、オスマンに襲い掛かった時に何も出来ずに無力化された光景が浮かんでいる。 今のギーシュとか言う奴だって魔法が使える筈だ。自分でもあの体たらくだったのだから、才人みたいなヒョロそうなガキじゃどうやったってかなう筈が無い。 (さぁて、どうしたもんか) そう思った時、プッロはシエスタが震えながら自分達の元へ歩いてきているのに気づいた。 人垣の中から一部始終を見ていたらしい。彼女はその体と同じ様にブルブルと震えた声で言った。 「サ、サイトさん……い、一体なにを考えてるんですか!?き、貴族の方にあんなぶ、無礼な口を聞くなんて……ほ、本当に殺されますよ!?」 才人はフンッ、と鼻を鳴らした。 「殺される?俺があんなヒョロすけに?貴族だかなんだか知らねえが、コテンパンにしてやるよ」 「何を言ってるんですか!平民が貴族の方に勝てる筈が無いでしょう!……今すぐ謝りにいって下さい!そうすれば何とか許して貰えるかも……」 プッロはシエスタの言葉が気になった。殺される?いくらなんでも大げさすぎる。ただの子供の喧嘩じゃないか。 頭に血が昇ったギーシュが加減を忘れたとしても、殺されるなんて有り得ないだろう。 「あ~、シエスタ。幾らなんでもそいつは大げさってもんだろ。わざわざ広場でやるんだから、見物人だって大勢いる。そんな場所で殺しなんてやりゃその場で殺人罪でしょっぴかれるぜ」 シエスタは口をポカンと開けた。プッロの言葉が信じられないと言わんばかりに。 「プッロさんまで何を言ってるんですか!?貴族が平民を殺して捕まると思ってるんですか?無礼討ちですまされるに決まってるでしょう!」 蒼白に染まったシエスタの表情は真剣その物で、とても誇張や冗談で言っている様には見えない。 どうやらこの国とローマの法律はかなり違っているようだ。これは思ったよりヤバイかもしれない、とプッロは思った。 むろん喧嘩を吹っ掛けられた以上、逃げるつもりなんてさらさらないし、謝るなんて問題外だ。元々こっちはとばっちりで巻き込まれた様な物なのだから。 だがこのままでは勝ち目は薄い。おまけに相手はこっちを殺してもお咎めなしと来た。 (ひとまず、ウォレヌスにこの事を話すか。頭を使うのはあいつの役目だからな。何かいい考えがあるかもしれねえ) 「魔法使いだかなんだか知らねえが、俺は殺されたりなんかはしねえよ。見てろよ、シエスタ。勝算はある――」 「坊主、ついてこい」 プッロは才人を遮り、肩を掴んだ。こいつの言う勝算が何かは知らないが、ろくな物とは思えない。 「ちょ、何をするんですか!?」 「厨房に行くんだよ。ウォレヌスの奴にこの事を相談しなきゃならん。ったく、面倒な事になったな。じゃあ、シエスタ。また会おう。あとこいつを持っていってくれ」 そう言ってプッロは震えるシエスタに無理やりトレイを渡すと、才人を無理やり引きずり出す。 その時、物陰に隠れていたルイズが二人をこっそりと付け出したのだが、二人ともそれに気づく事は無かった。 前ページ次ページ鷲と虚無